水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

8月2日

2013年08月02日 | 学年だよりなど

 学年だより「自らを限る者」


 孔子の弟子に冉求(ぜんきゅう)という者がいた。
 弟子入り以来、思うような成果が得られない自分に苛立(いらだ)っていた。
 道を求めるこそが己(おのれ)の為すべきことと思いながら、そこから逃げたい気持ちが生まれているのも事実だった。
 ある日、冉求は孔子に面会を求める。
「私は、先生のお教えになることに強いあこがれを持っています。ただ、私の力の足りないのが残念でなりません」。
 そう語り始めた冉求に、「苦しむのは、苦しまないのよりはかえっていいことだ」と、孔子はやさしく諭す。
 その言葉を聞いたとたん、冉求は自分の思いのたけをぶつけてみたくなった。
「でも先生、私には、真実の道をつかむだけの素質がないのです。本来、だめにできている男なのです。私は卑怯者です。偽り者です。そして……」
 冉求が束縛から解放されたように自分をけなしはじめたそのとき、

 

 ~ 「お黙りなさい」
 と、その時凛然(りんぜん)とした孔子の声が響いた。
「お前は、自分で自分の欠点を並べたてて、自分の気休めにするつもりなのか。そんなことをする隙(ひま)があったら、なぜもっと苦しんでみないのじゃ。お前は、本来自分にその力がないということを弁解がましくいっているが、ほんとうに力があるかないかは、努力してみた上でなければわかるものではない。力のない者は中途で斃(たお)れる。斃れてはじめて力の足りなかったことが証明されるのじゃ。斃れもしないうちから、自分の力の足りないことを予定するのは、天に対する冒涜(ぼうとく)じゃ。なにが悪だといっても、まだ試してもみない自分の力を否定するほどの悪はない。それは生命そのものの否定を意味するからじゃ。しかし……」
 と、孔子は少し声をおとして、
「お前は、まだ心からお前自身の力を否定しているのではない。お前はそんなことをいって、わしに弁解をするとともに、お前自身に弁解をしているのじゃ。それがいけない。それがお前の一番の欠点じゃ」 (下村湖人『論語物語』講談社学術文庫より)  ~


 自己卑下の裏に潜む冉求の本心を、孔子は見抜いていた。
 自分に能力の不足を口にするのは、努力しきっていないことへの言い訳にすぎないと。
 孔子は続ける。


 ~ 「それというのも、お前の求道心が、まだほんとうには燃え上がっていないからじゃ。ほんとうに求道心が燃えておれば、自他におもねる心を焼き尽くして、素朴な心に返ることができる。素朴な心こそは、仁に近づく最善の道なのだ。元来、仁というものは、そんなに遠方にあるものではない。遠方にあると思うのは、心に無用の飾りをつけて、それに隔てられているからじゃ。つまり、求める心が、まだ真剣でないから、というよりしかたがない。どうじゃ、そうは 思わないのか … 。とにかく、自分で自分の力を限るようなことをいうのは、自分の恥になっても、弁護にはならない。 … なあに、道が遠いことなんかあるものか。道が遠いといってへこむのは、まだ思いようが足りないからじゃ。はっはっはっ」 ~


 弟子になってはじめて、孔子から受けた叱責であった。
 しかし冉求は、このごろにない朗らかな顔で部屋を出た。足どりには新しい力がこもっていた。


 謙譲・謙遜の精神は、日本人が大切にしてきた美徳だ。
 しかし、つねに我が身をへりくだればいいというものではない。
 まして「自分は力不足です」と口にするのは、謙遜ではなく、卑屈だ。
 「自分には無理です」と「自らを限る」ことは、「天に対する冒涜だ」と孔子は言う。
 「斃(たお)れる」ほどやってもいないくせに「自分の力の足りないことを予定する」なと言う。
 「まだ試してもみない自分の力を否定するほどの悪はない」ということだ。
 「いまの力では、○○大学は無理かな」とか「どうせ○○高校には勝てないからな」というセリフは、冷静に現実を直視しているのではなく、どこかで「自分を限」っているのだ。
 「斃れる」ほどの努力をしていないことの、弁解にすぎないと言える。
 たとえば担任の先生から、もっと上を目標にしてがんばってみたらどうだと言われて、「いや、ぜんぜん無理っすよ」とか答えたことはないだろうか。
 たとえば部活で、「あの学校に勝とうぜ」とか誰か言ったときに、「それは無理っしょ」とか応じたことはないだろうか。
 まずくらいついていこう。「これくらいでいいですよ」という姿勢だと、「それくらい」にも行けずに終わることが多いのだから。
 自分を限ることなく進んでいけば、いつか光が見えてくる。
 それにこの夏、最後までくらいついていった仲間たちの姿を目に焼き付けたばかりではないか。

コメント
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