「2.43」。この数字を見た瞬間、2m43cm? バレーのネットじゃん、って思う人って何%ぐらいなんだろう(ちなみに自分的には、アンドレザジャイアントの身長だっけ? って思った)。バレーをやっている人にとってはあまりにも当然過ぎる数字だろうが、そうでない人にとっては、言われてはじめて、なるほど、それぐらいやね、という数字だろう。みんなが知ってて当然という数字ではない。毎年埼玉県大会の決勝までは必ず進む本校のクイズ研の面々なら知ってるかな。
バレー部を舞台にした小説だから、バレーボールというスポーツが描かれている。あたりまえか。
メインの登場人物の一人灰島公誓は言う。
~ 灰島は答えを悩まなかった。変なことを訊くなこの人はとでもいうように小首をかしげて、言い切った。仔牛が生まれたら立ち上がるじゃないですかとでもいうような、生き物のごく自然な営みを口にするみたいな言い方で。
「バレーより面白いものなんて、他にないじゃないですか」 (壁井ユカ子『2.43 清陰高校男子バレー部』集英社)~
キャプテンの小田は、その運動能力の高さは誰からも認められる選手だったが、身長が163㎝だった。運動能力も、気持ちの面でも誰にも負けない自信があるが、ことバレーボールというスポーツに関してだけはこの身長は不利になる。「なんで、おれはこんなスポーツにはまってもうたんやろな」という小田に対して、灰島が言ったのが上のセリフだ。
サッカー選手なら、バレーをサッカーにおきかえるだろう。
わが部の部員なら、だって音楽よりほかに … っておきかえるかな。躊躇なく置き換える部員が何人かはいるな。顧問と同じで謙虚な子が多いので、「ま、自分にとってはですけど」ぐらいは付け加えるだろうが。
バレー部小説だけど、バレー部じゃなくてもいい。
野球でもサッカーでも、アーチェリーでもクイズでも百人一首でも。
部活小説は、素材がその部活である必然性である割合が意外に低いのかもしれない。
主人公が何かにうちこみ、いや、のめり込み、葛藤と苦悩を経て成長する姿を描くという一本のラインは決まっている。
そういう意味では展開は読みやすい(しかし「あまちゃん」の展開はよめないですね)。
読みやすくて、そのとおりになることも多いのだけど、でもがっつり泣いてしまうのだ。
灰島公誓。天才的なセッターだ。ただ周囲とのコミュニケーションをとるのが上手ではない。
東京の名門中学のバレーボールでその才能を発揮しかけたものの、他の部員とうまくいかずに孤立し、不登校になり、母方の故郷である福井の公立中学に転校してきた。
そこで出会ったのが幼なじみの黒羽祐仁で、活動しているのかどうかわからないようなバレー部の部員だった。
灰島は誘われてバレー部に入り、その活躍で県の準決勝まで進みものの、二人は衝突して絶交状態になってしまう。その二人がともに進学した清陰高校で、熱血主将の小田たちと出会い、紆余曲折を繰り返しながらも春高バレー出場を目指していく物語だ。
たぐいまれな能力をもち、それゆえに部ではもてあましてしまうほどの選手、という存在は、どんな部にでもいる時があるだろう。その子の能力を生かせるかどうかは周囲の力量にかかっている。
高校ではバレー部に入ろうとしなかった灰島を口説き落としたものの、案の定、周囲とのトラブルはおこしていた。
~ 「チーム次第やろな、あいつを生かすも殺すも。あれだけのオールラウンダーやったらどこ行ってもトップでやれそうな気ぃもするけど、実際は逆やな。あいつを受け入れられるチームは少ないかもしれん。下手なとこ行ったらわりと簡単に壊されそうで、危なっかしくてかなわんわ」
「はあ」
しょんぼりした気分になって黒羽は肩を落とした。中学のときから、たぶん東京の中学のときから灰島はそれで何度も失敗している。高校でもその繰り返しになるだけなんだろうか。なんのためにこのコートに連れ戻したんだろう。
「うちはあいつを生かす」 ~
灰島の才能を生かし、大学までちゃんと送り出してやるのがおれの責任と言い切る小田主将を見て、なんてかっこいんだと黒羽は思う。
そして、灰島の信頼を預けてもらえるアタッカーになれるよう練習しよう、と強く思うのだった。
なぜに福井が舞台? と思ってネット検索してたら、筆者のインタビュー記事があった。
~ 「福井県の高校にしたのは、地方の弱小バレー部を舞台にしたかったからと、もう一つ、福井って実は、有名な日本代表選手を輩出しているバレー名門県なんですね。元代表の中垣内祐一さん、荻野正二さん、現役の清水邦広選手も福井県出身です。」(雑誌「青春と読書インタビュー」) ~
そうだった、わが母校の後輩中垣内くんはじめ、有名な選手がいるではないか。女子では三屋裕子も勝山出身だし。
この地方の弱小部活が舞台というのも、けっこう普遍性が高くで、埼玉県の一私立高校の生徒でも、かなり共感しながら読み進められる小説のはずだ。
またひとつ、たくさんの人に薦めたい部活小説がうまれた。