水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

合宿

2012年03月16日 | 日々のあれこれ

 一泊の合宿を2セット終えた。二泊三日だと三日目に多くの部員が精彩を欠くのが昨今の状況なので、ちょうどよいかもしれない。年間数十泊の合宿をする学校さんもあるけど、何がちがうのだろう。何のために泊まるのかの意思統一なんだろうな。
 そのへんからして何年も積み残されたままの課題だが、対策が思いつかない。
 定演まで残り一週間。一日を三日分ぐらいにして練習できれば、なんとか間に合うだろう。
 はじめての演奏会に取り組む一年生が健闘しているし、三年生もだいぶとりもどしてきたようだ。
 二年生は大変な状態だろうが、なんとかのりきってほしいと思う。
 昨日夕方、裏パンフにのせる二部脚本担当の言葉を書けという指令がくだったので、

 ~ いつの頃からか定期演奏会の定番となった二部の劇。
 ストーリーが変わっても毎回登場するスイングレンジャー。
「スイングレンジャ-!」と呼ばれると、音楽に乗って登場し悪者をやっつけていく、もしくはただ乱闘して去っていく。時には何の問題解決にもつながらなかった彼らの存在は、いわゆる色物あつかいでした。
 セリフよりもインパクト勝負。そういう方面があっていると思われた部員たちが、その役を担ってきたとも言えます。
 しかし、レンジャーにはレンジャーの悩みがあるはず。
 スーパーマンにも、バットマンにも悩みがあったように、レンジャーたちも、自分たちとはいったいどういう存在なのか、本当の敵はだれなのか、何のためにコスチュームを来ているのか、なぜ5色なのか、そもそも必要なのか、などいろんな悩みを抱えているにちがいありません。 … ~

 ていうかんじで書き始めてわたした。
 ちょっと待てよ、今渡したものを頁にするのだから、やはり間際にならないと印刷できないじゃないか。毎年のことだが、顧問使いの荒い人たちだ。

 その後、夜はバンドレッスン。「陽はまた昇る」「ディスコキッド」をみていただく。
 「先生、これ譜づらはやさしいかもしれないけど、とんでもなく難しいですよ」といきなり言われ、「じゅうじゅう承知してますので、なんとか形にしてください」とお願いしたが、楽曲の問題だけではなく、曲に対する取り組みの姿勢の甘さが露呈してしまい、がっつりお小言を頂戴してしまった。
 「ただ、吹きゃあいいっていうもんじゃないんだよ。全部の音に心こめるぉ」
 すいません、先生。部員に対して発せられるお言葉に心で頭をさげていた。
 「わざわざきてくれるお客さんにそれでいいのか!」
 なんかやること多くて、ほどほどに全部こなさなきゃという気分が正直自分の心にあったと思う。反省した。
 答案返却日に提出する1年生の宿題をすべてなかじま先生にチェックしてもらってから就寝。
 あけて今日は、1・2年が答案返却だったので、3年生に最後の合宿所そうじをやってもらう。
 その間に3年教員で新一年生の入学説明会の準備。
 進路指導部長にお手伝いいただい定演パンフレットの最終稿の入稿。
 早めにお昼を食べて、二部の直し、昨夜のレッスンの復習、いろんな仕事など。
 もうちょいだな。いろんなことが。

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3月12日

2012年03月13日 | 日々のあれこれ

3月10日
 午前中、入学手続きが行われる。新年度は四百三十数名の生徒さんをお迎えできる。
 午後の合奏のために小講堂にいたら、やまぐち先生が「東大二人受かったよ」と伝えにきてくれ、思い切りガッツポーズしてしまった。
 センターの結果と日頃の頑張りから十分期待できる子たちだったが、結果を聞くまでは不安だった。
 本校ではまだ出てなかった文系からの合格がなおうれしい。
 東大合格は他の大学と比べてそんなにうれしいのか、教師としてそれでいいのかと問われたなら、「あったりまえじゃん」と答えて、その人には二度と近づかない。たぶん話してもわかんなそうだし。
 本校から東大に合格するのは、マラソンの川内選手の活躍と重なる。
 学校の勉強をしっかりやれば大丈夫と言い、そのとおりに一度も予備校に行かずに結果を出してくれたことは、われわれ自身の励みになる。彼らを知っている同学年の子も、たぶん喜んでいるだろう。
 決して指導がよかったと言いたいのではない(ま、すこしはあるかな)。
 「予備校行かずに教科書しっかりやろう」という言葉をほんとうに信じて最後までやりきれる素直さと頑固さがすべてなのだ。
 いい気分で合奏に入る。3年生もまあまあそろっているので、定演の曲をひととおり浅く広く。
 やるべきことはわかってきたかなという段階だ。そのまま一泊の合宿に入る。

 3月11日
 3年のソロを決めていく合奏や、本格的な二部の練習に入る。
 午後は指揮法レッスンの会場だったので、そのだんどりやら、定演Tシャツの注文票づくりやら。
 夕方、新年度用に買ったスーツをとりに池袋東武まで行き、今以上にさくさく歩こうと学校上履き用にニューバランスのシューズを買った。

 3月12日
 合奏をわたなべ先生におねがいし、合宿費の整理やら、新入生説明会、入学式に向けてのもろもろ。
 所用のため少し早めに学校をださせてもらい、帰りがけに新宿武蔵野館で「ヤングアダルト」を観る。
 主人公は故郷を離れ都会に出て、ライトノベルの執筆で生計を立てるメイビスという女性。30台後半、独身。
 自身の作品の人気は落ち目で、次回作がどうなるのかは決まっていない状態にある。
 そんな折、故郷に住んでいる元カレから、生まれた子どもを見に来ないかと連絡が来て、帰省するところからストーリーは展開する。
 故郷で結婚して家庭を築く元カレのことを、メイビスは見せかけの幸せだと考えている。
 そんなのは本当の幸せじゃない、そんなにちっちゃく人生を終える人だったの? と。
 もう一度自分をよりをもどし、人生をやり直せれば本当に幸せが手に入るはずだ、そのために今の家庭を捨てることなんて、なんでもないと元カレに言う。
 もちろん、元カレは冗談としか思わない。
 メイビスが本気であることに気づくと、精神がいかれてしまったのかと心配し、町じゅうにそんなメイビスのことは噂になっている。
 観てて思ったけど、アメリカの田舎というのは、日本の田舎よりもっと田舎というか、保守的というか、なんか西欧近代主義などとは無縁のようにも思えてくる。
 だから都会に出て行った人間は、故郷を出たことへの自意識が過剰で、無理に新しい価値観に身を置かねばならなくて、もがいているんじゃないのかと感じ、その典型的な姿こそメイビスのイタさで、たぶんアメリカ人の多くの人がこの映画を切実に感じるんじゃないかなと思えた。
 おれらの世代にも同じようなことが若いころはあった。
 東京の大学に行った友人が、クラス会で都会のようすを楽しげに語り、今の言葉でいうとちょっとイタい感じになってて、本人以外は「だいじょうぶか」と思っているような状況。
 昔にかぎらないか。今でも、お正月におみやげを持って帰ろうとして、東京ばななでもなく、ひよこでもなく、ちょっとこじゃれたお菓子、母は知らないだろうけど、妹は雑誌とかで知ってるかもな、みたいなのをさりげなく持って帰りたいなと思うから。
 故郷を捨てて東京に来た人間は、みんな多かれ少なかれシャーリーズセロンなのさ。
 ただ、ふつうの人は、シャーリーズセロンの若い時ほどはちやほやされる人生を送らないので、勘違いの仕方が少なくてすむのだ。
 よかった、彼女ほどきれいじゃなくて。ちょっと危なかったけど。

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3月9日

2012年03月09日 | 日々のあれこれ

  朝の打ち合わせの時に、インフルエンザで卒業式に出られなかった生徒さんの卒業証書を校長先生に授与していただく。これで3年生全員を無事に送り出せた。
 2時間目で学年末の試験がおわる。
 合宿のうちあわせをしたり、二部の譜面を配ったりして、個人練習。
 そのあとはじめて1年生全員入っての「ウィークエンド・イン・ニューヨーク」の合奏。
 1年生もなんとかなるかもしれない。
 「GKB47」にまさるともおとらない、埼玉県教組の「さいたさいたセシウムさいた」問題について厳しく意見を述べようかと思っていたが、そんな人たちに関わってる暇はない、部活がんばろうと思えてきた。
 今日は県立高校の合否発表。
 練習を終えて職員室であれこれしてるうちに、新1年生が何人入学してくるかの目処が大体ついてくる。
 流れる季節のまんなかで、ふと日の長さを感じない日だった。

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3月8日

2012年03月08日 | 日々のあれこれ

 3年生がいないので、1年生の試験監督に入る。教室に入ろうとすると「誰?」的な視線がいくつか、ほとんどは無視でアウェイ感ただようけれど、緊張を悟られてはいけないと思い、不敵な笑みをうかべながら準備をする。二三人見かけるわが部員たちよ、やさしくしてとは言わないが、目配せはしてほしい。
 教師とは孤独な商売だと突然思う。
 その孤独に耐えかねて、教師と生徒とのラインをあいまいにすると、一気に立場を失うことも今は知っている。
 若い先生で(年をとっていても)その距離感がなかなかつかめない人は、表面上は生徒さんと仲良くできても、ちょっとしたことをきっかけに大きな亀裂が生まれることがある。
 「おれは、おまえたちと一緒に成長していきたい、一緒にがんばろう」的な熱血タイプとか、「協力して学校をよくしていこう」的なものわかりいい風タイプとか、「君の気持ちはわかるよ」的な親身になるタイプとか、生徒の「タメ口」を注意しない友達タイプとかが、典型的な危険パターンだ。
 生徒は目の前の教員がどのタイプかを見極めようとし、どの程度「先生ラベルをはがしても大丈夫か」を調べようとする。
 今なら、それに気づきながら、あえて気づかないふりをして多めにはがされてみても対応できるけど、昔はすぐカッっとなった。
 そのへんの感覚は、ある程度は意図的に経験をつまないといけない。
 ただし、いま小学校では、意図的に経験を積んだはずのベテランの先生でも簡単に学級崩壊するという、「新型学級崩壊」というべき現象があると聞く。
 おそらく、目の前の子供をなんとかしようという考えだけでは改善できない状況、はっきり言えば保護者の方の質が根本的に変わっていることが原因だろう。
 試験監督を終えて職員室にもどり、何人かの国立大の結果を聞く。
 入学時の成績を考えると、とんでもない難関に受かった子もいて、自分の指導のすばらしさに、ちがった、その子のがんばりに頭がさがる。
 午後、市民会館との打ち合わせにいき、帰りがけに「笑堂」さんのラーメンをはじめて食べた。なかなかのこくと深みだ。ものをおいしく食べさせようとする方向とは真逆の環境でありながら、時に行列もできる店だけのことはあると思う。
 車で「いきものがかり」の新しいアルバム、初回限定版についているライブ音源ばかりのCDを聴く。まあ、あいかわらずの歌力だわ。ライブ音源の方が歌の完成度が高いという稀有な歌い手だ。
 学校にもどり、レッスンの日程などをつめたり、車のごみ捨てをしたり。
 寸暇を惜しんで映画を見に行くよりは、新年度はどうしてくれようかと机に向かいメモをつくったりしているのは、傍目からはぼうっとしているように見えるだけだろうが、内面は忙しくて楽しい。今日はちょっとうとっとしてしまったけど。
 この先、自分を厳しく律するだけではなく、同僚の仕事に対しても少しきびしく言うこと言おうかな、なんて気持ちもおきてきた。
 明日から練習再開だ。

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小論文の基本 覚え書き2

2012年03月06日 | 国語のお勉強

 昨日の帰りがけに観た「ヒューゴの不思議な発明」は、予想外に普通だった。複数の映画評論家の大絶賛や、予告編の映像のすばらしさから、期待値は相当あがっていたのだが。
 いや、全然つまんなくはないんだけど、なんかふつうで。
 それにパリが舞台なのに全編英語というのがものすごく違和感があった。たとえば福井が舞台の映画で全員が東京弁だった場合を想像してみたなら、この違和感は正当なものじゃないだろうか。
 何より、クロエモレッツちゃんが、ヒットマンでもヴァンパイアでもなくふつうにかわいい女の子なのが残念。もったいない。

 映画のあと、娘のお迎えまでの時間に、添削を一つだけ。
 センターの結果で受験校を決めたあとで練習をはじめた子なので、やることが多い。
 小論文は一朝一夕にはなんともならないと改めて感じる。
 なんとかなるんじゃないかと思う生徒さんが多い状況を、まず変えないといけないのだろう。


 「小論文の基本 覚え書き」の続き

3 「1課題文の内容をつかむ」「2課題文の主張に賛成の方向で論じる」とすると、課題文の主張をそのまま繰り返すだけになるのではないかと思うかもしれない。
 それはあり得る。ただし、筆者の主張をそのまま繰り返すレベルで書くことも、実は難しい。
 「次の文章を要約しなさい」という入試問題が存在することでもそれはわかる。
 だから、よほどちゃんと読めないとそのまま繰り返すことさえできないのだ。

4 「1課題文の内容をつかむ」が本当にちゃんとできたなら、読んだ人の人格が変わる。
 「人格」は大げさかも知れないけど、大学の先生が選びに選んだ文章だから、ほんとに読めたならば、その人の脳内になんらかの変化をもたらす。
 自分のものの見方や価値観が揺り動かされる。
 そうなったとき、「自分はどう考えるのか」が生まれ、それは「その人」にしか書けない内容になる。
 これが小論文のオリジナリティと言える。
 小論文の評価項目の一つに「独創性」があげられるが、まったくのオリジナルなんて必要ない。
 ていうか、それはかぎられた天才、もしくは神のレベルだから。
 与えられた課題をいかに切実にうけとめられるか。
 当事者性をもてるか。それを表現することが、普通の現代文と小論文とのちがいになる。

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伊香保

2012年03月05日 | 日々のあれこれ

 3月3日。卒業式を終えて、学年の先生方と一路伊香保温泉に向かう。
 わが学年のパターンになっていて、六年前、三年前も伊香保に行ったけど、六年前と比べてもメンバーの多くが重なっているところが、私立高校らしいところだろう。
 岸権旅館さんに2回お世話になったので、今年はさらに奮発して、老舗の福一さんへお願いする。
 伊香保で一番の高台にあるにもかかわらず車を宿の前までもっていけるところから格上ぽく感じ、入館してまた内装の立派さに驚く。
 フロアの階数標示では25階建てにもなる立派なビルだが、和風の内装は安っぽくないし、エレベーター待ちにふと眺められる景色が借景のように見えて、計算しつくされて造ってあるんだろうなと思う。
 部屋に入れば、コートをしまおうと衣紋掛けのある押し入れの戸を開けるとひとりでに灯りがついたり、5人部屋だったけど、フェイスタオルは5色の色違いで用意されていたり(レンジャーか!)、なるほど値段の違いはこんな細かいところにまで表れるのかと感心する。
 ま、とりあえずお風呂。
 「広いお風呂に」「時間を気にしないで」つかる。この二つが両立するのは、ほんとに3年に一回かもしれないなと考えたら、もう少し日頃からギスギスせずに生きててもいいかもしれないとも思った。
 でもなあ … 、だからといってスーパー銭湯じゃ、あわら温泉で18年育った自分としては、なんか違う感が先に立ってしまうのだ。
 若い先生がサウナにがっつり入ってるので、露天に行ったら知らないおじさん一人だけだったのでラッキーと思って「この学校の生徒でいられて幸せでした」という前生徒会長の答辞を思い出しながら、やっと号泣できた。また春からがんばろう。
 夕食を食べて、館内のクラブに移動してカラオケ大会。教員団体がけっこう入っているという噂をきいていたけど、たしかにどう見てもそれ風の方も見かけたが、混乱なくのんびり過ごせてよかった。
 4日。明けて、伊香保の石段街をふらっとして、でも三回目だからそんなにあちこちは足をのばさず、基本うだっとして、昼前に宿を出て、水沢うどんを食べて、あちこちおみやげをかって、学校にもどる。
 すごい、24時間以上も字を一字も書いてない。
 あえて定演からみの仕事を思い出さないようにして、のんびりすごした。

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3月3日

2012年03月03日 | 日々のあれこれ

 3学年だより№39

 卒業おめでとうございます。
 この三年間が大変充実していて満足感でいっぱいの人、不本意な気分のまま今日を迎えている人、なんとなく過ごしてしまった人、いろいろだろうと思う。
 どんな三年間であっても、これからの過ごし方次第で、三年間の意味は変わる。
 過去とは客観的に動かし難いものとして存在するものではなく、現在の自分がどう受け止めるかで、その意味や価値が変わってくる(というような文章を現代文で学んできたはずだ)。
 そして過去の価値を高めるためには、まずすべてを他の誰のせいでもない、自分に起こったこととして受け止めることが大事だ。


 ~ たくさんの出会いや 何気ない出来事が 大切なメッセージ 届けてくれる
   みんなで笑い合う たわいない毎日も ひざを抱えて泣いた ひとりの夜も
   そうやって僕らは知らない間に 少しずつ大人になっていく
   キラキラ光る 夢はいつでも 自分を超える力をくれる
   いらないものは何一つない だから信じて どこまでもいけるはずさ 
   (植村花菜「メッセージ」) ~


 今日は、きっと、いろんな人から「卒業おめでとう」と祝福されるだろう。
 聞いてるうち、高校を卒業するだけで何かすごいことをしたような気分になる可能性がある。
 ただし冷静に考えたならば、そんなに大層なことはしていないという見方もできないことはない。
 毎朝おうちの人に起こしてもらい、ご飯たべさせてもらって、バスに乗せてもらって、話聞いて、寝て…。衣食住は当然のように用意され、遅刻をくり返してもクビにならない暮らし。
 だから本当に正直に言うと、みなさんに脳天気に「おめでとう」という気分になれない部分もあるのだ。どう考えても、これからの人生の方が大変だから。

 ずいぶん前に進路講演会にお招きした大月隆寛先生(民俗学)が、こうおっしゃっていた。
 「偏差値の高いヤツには責任がある」
 どういう文脈だったのかは今忘れているのだが、「人の上に立つ可能性をもつ人間は、その能力を自分以外の人のために役立ててなければならない」という意味ではなかったかと思う。
 みなさんは、「偏差値が高い」側の人間だ。
 「いやあ、あんまり結果出なかったんですよ」という人も多いだろうが、そういうことではない。 同学年の日本人の中で、みんなはどういう位置を生きているのか、ということだ。
 現時点で希望がどれほど叶っているかどうかは別にして、この一年みんなは自分の目標に向かって努力させてもらった。
 複数の大学に入学金を納めている人もいるだろうし、浪人して再チャレンジを許されている人もいるだろう。
 それなりの大学進学を果たせたならば、その先、それなりの会社に入れる可能性も、公務員としての働き場を手に入れられる可能性も、中学校時代の同級生と比べたら高いだろう。
 将来、社会的地位が高いと言われる職業につける可能性が高い。


 3学年だより№40
 
 ただし、社会的地位の高さとは、職業ブランドや、年収や、人脈の華やかさで担保されるものではない。
 どれだけ自分以外の人のために役に立っているかということなのだ。
 大人として申し訳ないが、このことをわかっていない大人が今の日本にはたくさんいる。
 無意味に高偏差値な人間が日本にこんなにいたのかと愕然とする思いを抱くこともある。
 震災から一年経って、そうでなくてさえ世界的に経済状況が悪化しているにもかかわらず、我が身の既得権益を守ることだけを第一に考える大人たちがどれだけ多いか、みなさんも薄々感じていることだろう。
 みんなには、できることなら、社会的地位の高い職業についてほしい。権力を手に入れてほしい。
 そして、その力を本来の目的のために発揮して、世のため人のために働いてほしいと切に願う。
 それこそが生き甲斐だと感じられるナイスガイになれれば、魅力的な女性も自然と身近にいるようになるだろう。


 ~ 時には迷ったり 挫けそうになったり 上手くいかないことも よくあるけれど
   間違った道を進みそうな時は いつも君が気づかせてくれた
   キラキラ光る 夢が僕らに 助け合うこと教えてくれる
   一人じゃ出来ないことがあっても 心配ないよ 二人なら大丈夫さ
   キラキラ光る 夢はいつでも 自分を超える力をくれる
   いらないものは 何一つない だから信じて どこまでもいこう
   僕らが出会うもの全て 明日へと続くメッセージ ~


 でも、みんなだったら、きっとだいじょうぶだかな。
 素直で、明るく、元気で、気合いがあれば、たいがいのことは乗り越えられるから。
 こうして生きて3年間過ごせたことはほんとにすばらしい。
 われわれ教員も、命を長らえつつ一緒に過ごせたことを感謝したい。楽しかったです。
 とにかくみんなは、自分で稼いで自分で喰っていけるようになるまでは、まだまだ一人前ではないということを忘れずに、感謝の気持ちを忘れず、いろいろなことにチャレンジしてほしい。
 失敗しても、恥ずかしい思いをしても、命まではとられないのだから。

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3月2日

2012年03月02日 | 日々のあれこれ

 卒業式の練習。例年どおり、歌唱指導を担当する。
 3月の入学説明会で、新入生と保護者の方の前で、毎年校歌を紹介する。
 その時には音楽の先生かなと思った子もいたようだが、今日は国語の先生としてほぼ知られていたようだ。
 通し練習には、吹奏楽部の演奏も入る。
 やばいところがあるが、明日は集中力でなんとかしてもらうしかない。
 予餞会では、抽選会をやって植村花菜「メッセージ」、定番の「3月9日」を学年の先生方で歌った。
 サビの部分で、客席に合唱をもとめたら、思いのほかみんな歌ってくれたから、ちょっとぐっときてしまった。明日で終わりか。

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晴天の迷いクジラ

2012年03月01日 | おすすめの本・CD

  絵に目覚めた野之花ちゃんが、美大にすすみ、その道で見事に夢をかなえる話 … 、を窪美澄氏が描くはずがない。
 高校の担任に勧められて美術教室に通い、講師である英則と求められるがままに肉体関係を結び、妊娠、結婚、出産。県会議員の息子であった英則との結婚生活は、もともと不釣り合いなものだった。
 その家に嫁ぎながら、誰からも一人の人間として扱ってもらえない。自分が生んだ子供でさえその家の人間であり、決して自分に属するものではないのだとの思いが、彼女の孤独感を深めていき、とうとう赤ん坊を捨てて出奔する。その後の数年の人生はわからない(書いてあったかもしれない)。
 高校卒業前の野之花を妊娠させた英則はどうしようもないボンボンだったが、一ついいセリフを語っていた。
 野之花の才能を見抜き、一方才能だけで世を渡っていけるほど甘くないことも自覚していた英則は、野之花にこう言う。

 ~ 「おまえは、特別な何かをもっている。 … この世界で生きていくためには、求められるように、その特別な何かを、自由に形を変えていくことのほうが大事なんだ」 ~


 作品の第一章は、野之花の40代終わり頃の話から始まっている。
 故郷を捨てて、東京でデザインの会社を立ち上げ、そこに一人の若者が入社してくる現在の話。
 しかし、その青年由人が入社したころから、不況で会社が立ちゆかなくなる。
 寝る時間も惜しみ働く続ける暮らし、気がつくと恋人にも捨てられている状況のなかで、心療内科の薬を手放せなくなっている由人。
 どうにも金策がつかず進退窮まる社長。
 社長野之花の自殺をおそれた由人が、湾内に迷い込みニュースになっていたクジラを見に行こうと社長を誘ったところから、話が展開していく。
 ふう、まだここか。

 そのクジラのいる海は奇しくも30年前に野之花が捨てた故郷の海だった。
 途中で、どう見ても壊れかけている女子高生の正子が道連れになる。
 正子には姉がいた。その姉は自分が生まれる前に幼くして世を去っていた。
 母親は、自分のせいで娘を死なせたという思いから離れられず、次に生まれた正子を大切に育てる。
 ただしその大切さはいつしか常軌を逸したものとなり、朝から晩まで管理される暮らしに息苦しさを感じた正子は、不登校という形で母親に反抗するしかなかった。
 唯一仲良くなりかけた友達が、難病で若くして亡くなったあとは、自分が生きている感覚さえ失いかけていた。ふらふらと家を飛び出したところを、くだんの社長と若者に拾われることになる。

 で、旅行を続け、いろいろあって、いつしかその三人は疑似家族のような関係になる。
 三人が三人とも本当の自分の家族とはうまくいっていない。
 旅行を続けるために家族を装っているうち、自分が何にわだかまり、家族の何が苦痛になっていたのかをみつめていくようになる。
 決して目新しくはないが、血がつながっているから無条件に家族になれるのではなく、家族であろうとするから家族になれる、というメッセージが立ち上がってくるのだ。
 
 クジラのいる海岸、ある家に三人は泊めてもらうことになるのだが、その家のおばあちゃんが、最後らへんに語るセリフ。

 ~ 「もう自分が死ぬまでに体験する怖かことはぜーんぶ終わったとじゃ、ってそげん思ったと。じゃっで、ばあちゃん、死んだ正子ちゃん(注:女子高生とは別の正子)の代わりになんでもやってやろうて思ったとよ。 … 」おばあさんがやっと溶け始めたソーダアイスのはしっこを小さく囓る。
「それに、ばあちゃん、誰にも言ったことはなかどん … 」そう言いながら左手で右の肩をとんとん叩いた。「なんだか、正子ちゃんがいつもここにいるような気がしてね」
「正子ちゃんのここには、きっと、お友だちもお姉ちゃんも、おるとよ。正子ちゃんのその人たちの代わりに、おいしかもん食べたり、きれいなもんを見たりすればよかとよ。それだけでよかと。生き残った人ができるのはそいだけじゃ」

 ときどき出てくるソーダアイスの使い方が実にうまい。
 なんだっけ、玉虫がどうのとか言うつまんない小説を前に読んだ気がするけど、格がちがう。
  「壊れかけた三人が転がるように行き着いた海辺の村で、彼らがようやく見つけたものは?」と帯にかいてあるけど、みんな壊れかけてるよね。けっこう。
 この三人ほどドラマティックな人生を送る人は、表面上は少ないかもしれないが、同じくらい壊れかけているかもという自覚は、現代人なら誰しも思い当たるふしはあるのではないか。
 本当に壊れている人ほどその自覚がうすいという例も、けっこうある。
 「自分」とか、「私」とか、気がつくとソーダアイスのようにすぐに溶け出してしまう。
 どんどんなめなきゃ。しょせんソーダアイスなんだから。
 なんか、ものすごいあいまいなまとめになってしまいました。

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