書評、その他
Future Watch 書評、その他
典獄と934人のメロス 坂本敏夫
たまたま本屋さんで見つけた1冊。刑務官を務めていた著者は、その在任中、刑務所に関する関東大震災当時の記録が皆無であることに疑問を持ったという。退官後にその空白を埋めることをライフワークとして調査を開始、20年に及ぶ調査の結果をまとめたものが本書だという。震災という災難の中で、自らの矜持を精一杯守った人々、他人を信じて勇敢な行動に立ち向かった人々。こうした人々への温かい眼差しが根底にある生き生きとした描写に心を打たれる一方、どんな世の中どんな世界にも悪い奴はいるんだなぁと思ったりした。記録がないという以上、文中の会話部分や登場人物の心中などはほとんどが著者の創作なのだろうが、読み手に迫るリアリティには感心させられる。調べられることは調べ尽したという著者の自負がにじみ出てくいるような文章の素晴らしい1冊だ。(「典獄と934人のメロス」 坂本敏夫、講談社)
あの日 小保方晴子
STAP細胞の事件の顛末を、小保方さん自身が語った本書。事件直後の報道では、小保方さんの言い分はほとんど報道されなかったので、もうはっきりさせる気持ちが彼女にはないのかと思っていたが、ようやく彼女の反論を読むことができた。最初の方の学生時代の記述は少しダルいなぁと思ったのだが、あれよあれよという間に話は事件の核心に。彼女の研究生活の流れを辿ることで、事件の全体像がはっきりと理解できるし、そこにはかなりの説得力がある。本書でほとんど全ての責任があると告発された人物からの反論が期待される。読んでいるとこの人は本当に研究の好きな一人の人間なんだなと感じる。もう無理だとは思うが、できればまた研究が出来るようにしてあげたい気がする。(「あの日」 小保方晴子、講談社)
美少年探偵団 西尾維新
ここ数年の傾向だが、ライトノベルが普通の文庫で読めるようになってきている。本書も、普通の文庫に収められたライトノベルのカリスマ的存在である作者の小説だ。すでに作者については「掟上今日子」シリーズ等でライトノベル界を全く知らない私でも知るところとなったが、そうした流れを汲んで創設された講談社タイガ文庫の第一弾として刊行された1冊ということで、ますます作者の名前は広く知れ渡ることになうだろう。ライトノベルから一般小説への流れといっても、作風が大きく変わるということはない。その流れの背景には、2つの世界の境界があいまいになってきているという事情があり、言葉を変えれば、表紙の図案がそれらしいかどうかという違いしか残らないし、表紙を変えてしまえば、それだけでライトノベルは一般小説への変身してしまうといっても良いだろう。本書も、講談社タイガ文庫のコンセプト通り、表紙も内容も正真正銘のライトノベルだ。荒唐無稽かと問われれば荒唐無稽だが、面白いかと問われれば面白い。ライトノベルの世界では「荒唐無稽」とか「美辞麗句の羅列」とか「ご都合主義」いう評価が悪口にならないことを再確認させられる1冊だ。(「美少年探偵団」 西尾維新、講談社文庫)
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