夜釣りに出かけて女を拾った
まあ そんな色っぽい話では全くないのだが
さしたる釣果もなく帰ろうとすると こうカサカサ・・・耳障りな音がして
妙にその音が気になり
見つけた音の出どころが・・・女だった
若いのか年寄なのかもわからないくらいに 骨に皮膚が貼りついてみえるほどに痩せている
窶れている
着ているものもぼろぼろで
枯れた草の中 岸辺にこびりついたゴミのように倒れている
見つけた以上 放ってもおけない
声をかけたら 喋った
「捨ておいてください」
そう言われて捨ててはおけないじゃないか
暮らす長屋に連れ帰る
「腹が減ってはいないか それとも医者がいいか どこか悪いんじゃ」
横にならせて 粥でも作って・・・と こちらがバタバタしていると
女は言った
「どうにもなりません いけないのは心なんです」
心・・・何かとんでもないことがあってのことだろうか
ほぼおもゆのような粥のうわずみを どうにか女は飲んで・・・
一口だけ
それで
女は言うのだ
「もう・・・いけません」
と口元を抑える
「すみません」
それから理由を聞くと 暫く経ってから 女は話し始めた
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「気味の良い話ではありませんよ
暫く前に あたしが暮らす一帯はひどい飢饉に襲われたんです
そりゃあ沢山の人が死にました
村中 あちこちに飢えて死んだ人が転がっていて
もうみんな埋める力も残っていなかったんです
そんななか 村外れにあるお寺のお坊様が そんな死体を背負って運び自ら穴を掘って埋めて下さっていたんです
読経もして下さってね
村の者は皆有難く思っておりました
なんてえらい立派なお坊様だろうと
どうにか食べる物が作れるようになってきた頃でしたか
村の子供たちがいなくなることが続いたんです
別の村でも 神隠しに子供たちがあっていると
十月〈とつき〉ばかりお腹に抱えて やっと産んだ この手に抱けた子供です
そんなの たまりませんよ
誰かがさらっているんじゃないかと言い出す者もおりましてね
とうとう あたしが産んだ子も消えてしまって
誰かが言い出したんです
お坊様が村を歩くと 子供たちが消えるーと
その人も自分の子供がいなくなって ずうっと捜していた人でした
いつしかお坊様が怪しいと思うようになったのだと
それでもね みんな まさかと思いましたよ
でも・・・でも まんがいち
万が一・・・・・
亭主とあたしは 他の人たちと一緒にお寺を張ることにしたんです
するとね 夜になってからお坊様は暗いお堂の中へ入っていくんです
最初は読経が
ところが そこに交じって聞こえてくる気がするんです
赤ちゃんの泣き声 それも激しい「ぎゃっぎゃっ・・・・・」
あたし あたし もうたまりませんでした
あれは あたしが産んだ子の声だ
そう思えたんです
誰かが戸を開け 持っていた松明をかざせば
振り向いたお坊様の口には 小さな指が覗いていたんです
ええ むさぼり食っていたんでございますよ
此の世の地獄でした
あの光景が あたしには忘れられないんです
お坊様が いえ あの鬼が繰り返すうまいのじゃうまいのじゃ
男たちは 松明を投げつけ 燃やしました鬼を
みんなね それでも もう村に暮らすことはできなくなってしまいました
村にいては思い出してしまいます
家族一緒に暮らすことも もう無理でした
頭から離れないのです
ずっとずっと
うまいのじゃ うまいのじゃ
この声が聞こえてくるんです
あの鬼はね 燃やされながら抱えた小さな体を離さず食い続けていたんですよ
あたしが産んだ子を
あたしの心の中では ずうっとあたしの子はあの鬼に食われ続けているんです
もう何か食べようとしても 吐いてしまうんです
飲み物も・・・・・
有難うございます
もう野垂れ死ぬ身でありましたに
こうして家の中でおしまいにできそうです
ご迷惑をおかけします」
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医者にも来てもらったが やはりどうしようもないーということで
それから暫くして 女は死んだ
女を弔ってもらった寺の僧侶に話せば・・・・・・
「聞いたことがある」
さして豊かでない荒れ寺へ向かった若い僧がいた
近くの村の野良仕事も手伝い 子供達には読み書きを教え いつしか慕われるようになっていった
そこへ未曾有の飢饉・・・・・
立ち直ったかと思われた頃に燃やされた寺
ーあのお坊様は 人食いの化け物になったとですよー
ー有難いはずのお寺は恐ろしい場所にー
ー燃やしてしもうた我らも地獄におちる 救われんのでしょうなあー
ー皆 地獄行きですて それでも我慢できんやったとですー
村を捨てた人々も。。。。。皆 かなしい亡くなりかたをしたのだと
南無阿弥陀仏・・・・・ただこの六文字を繰り返すしかできなかった
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ごめんなさい