落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

愛の人

2009年02月08日 | movie
『チェ 39歳 別れの手紙』

1965年、キューバ革命を実現したチェ・ゲバラ(ベニチオ・デル・トロ)は盟友フィデル・カストロ(デミアン・ビチル)に手紙を残して姿を消した。世界中で彼のささやかな助力を待っている貧しい人々のために戦いたいと、そこには書かれていた。
1966年、変装し名前を変えたゲバラはボリビアに潜入、独裁政権を打倒すべくゲリラ戦線に合流するがかんじんのボリビア共産党の援助を受けられず、孤立していく。

あのー、ボリビアってどこにあるか、みなさまご存知でしょーか?そんなん常識?
恥ずかしながらぐりは知りませんでしたです。この映画観るまで。南米のどっか内陸、ってのは知ってたけどね。さすがに。けど正確にどのあたりでどういう国かってのは知らなかった。
つーかさ、南米なんて日本の真反対じゃん。遠いよ。そんなとこにどういう国があってどんな人がどんな生活をしてるかなんて、ふつーに生きてたら関係ないよね。少なくとも日本では。
なんてのを「無関心」ってゆーのかな。けど現実はホントにそうだ。現にぐりは今のいままで、ボリビアなんて国には1ミリどころか1ミクロンも興味も関心もなくて、それで平穏無事に30ン年生きて来た。これからだってボリビアとぐりに何か関わりが生まれる可能性なんて想像もつかない。
でもさ、人間に知性というものが備えられている限り、「関係ない」「興味ない」で物事を片づけてしまうのはせっかく与えられた知性を放棄してるのと同じことなんだよね。どーせ人間に生まれたからには、ちょっとくらい知的に生きたいじゃないですか?

ゲバラだってボリビアとは何の関係もない。
彼は確かに南米アルゼンチン出身ではある。だが裕福な家庭に生まれ医師として将来を嘱望された彼には、共産主義革命に駆り立てられなくてはならない義務などまったくなかった。妻子を捨てキューバでの地位を捨てる理由もなかった。
それでも彼は戦わなくてはならなかった。彼が人を愛したからだ。彼は人という人、すべての人を愛した。それがたとえ見ず知らずの外国の人々であっても、誰かが病気で治療を受けられないとか、学校に行けないとか、安全な水を供給されないとか、きちんと給料を払ってもらえないとか、不正の犠牲になっているとか、そういうことが全部許せなかった。絶対見過せなかった。そういう人がどこかしらにいるのに、自分がキューバで家族とぬくぬくと暮すなんてもってのほかだったのだ。
彼の愛はだから、最初から孤独だった。誰にも理解されようはずがなかった。それは美しく崇高ではあったけれど、それゆえに常人の手の届かないものでもあった。
なんてぐりがゲバラを語る資格は全然ないんだけどね(爆)。先月前編『チェ 28歳の革命』を観てあまりの不勉強ぶりに撃沈しちゃったくらいですからー。
なのでこれはこの映画のゲバラに限ったお話です。ゲバラの愛がどれほど深く、彼の革命がどんなに淋しいものだったか。ボリビアのゲバラは英雄などではなかった。少なくともボリビア国民の理解と協力は得られてはいなかった。もしそれがあったら、彼らはこんなにあっさり負けはしなかっただろうし、ゲバラもあんなに淋しい最期を遂げなくてもよかっただろう。
つまり彼のボリビアでの戦いはそもそも苦戦でしかなかった。なのに彼は決して諦めなかった。どうしてだろう。いったんやめて諸外国の協力をしっかりとりつけてから仕切りなおすことだってできただろう。あるいはいずれそのつもりだったのかもしれない。実戦で鍛えたはずのゲバラらしくない負け方が何だかひっかかる。
いずれにせよ、やっぱちゃんと勉強せにゃいかんですね。さっぱりやっとりゃせんのですがー。

ドキュメンタリーっぽく淡々と革命の「現場」の空気を表現したタッチは前編と同じなんだけど、登場人物が少なめになったのと時制がストレートになったせいもあって、後編のがかなり観易くなってました。前編観てしんどかった人でも後編は大丈夫だと思います。聞けばそもそもの企画はこの後編部分のみだったそうで、前編部分はプリプロ段階の途中に持ち上がった追加パートであるらしい。
この後編を踏まえてもっかい前編観たいですね。んで原作も読みたい。だいたい共産主義革命が何かとか、マルクス主義が何かとか、そーゆー常識がまるっきりなさすぎるー!ってことが今回発覚してしまったのでー。ごめんなさいです。誰に申し訳ないのかよくわかんないけど、とりあえずごめん。
ところでマット・デイモンが友情出演でちょこりと出てましたが、すっげえ浮いてましたね。他に誰もスターが出てないからよけい目立つ目立つ。そんなダサさもマットくんの個性だったりして。ってファンの方読んでたらごめんなさい。冗談です。ははははは。

永遠の愛の国

2009年02月08日 | movie
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

1918年、第一次世界大戦が終結したその日、ルイジアナ州ニューオリンズでベンジャミン(ブラッド・ピット)は生まれた。生まれながらにして80歳の余命わずかな老人の姿をしていた彼の生涯は、初めから数奇な運命を決定づけられたものだった。養老院で働くクイニー(タラジ・P・ヘンソン)にひきとられ、愛情をいっぱいに注がれて育ったベンジャミンは歳をとるごとに若返っていき、やがて宿命の恋人デイジー(エル・ファニング→ケイト・ブランシェット)に出会い、成人して自立したのちにはエリザベス・アボット夫人(ティルダ・スウィントン)との恋を知り、男性として成熟していくのだが・・・。
アメリカを代表する作家スコット・フィッツジェラルドの短編を、ブラッド・ピットとは『セブン』『ファイト・クラブ』でも組んだデヴィッド・フィンチャーが映像化。2008年度のアカデミー賞では13部門にノミネートされている注目作。

おもしろかったあー。
フィッツジェラルドは好きですがこの原作は読んだことないですね。たぶん。原作と結構いろいろ違うみたいですけれども。だってこれ書かれたの1922年ですもん。フィッツジェラルドがまだ若くてそれほど有名じゃなかったころの作品です。その後1925年に『グレート・ギャツビー』で一躍時代の寵児となるものの、4年後の株価大暴落に端を発した世界恐慌、妻ゼルダの発病などの不幸が重なり、小説は売れなくなりアルコールに溺れ、1940年、失意のうちに44歳の短い生涯を閉じている。
でもベンジャミンはそのあとも生き続ける。引き船の乗組員になった彼は世界中をとびまわり、第二次世界大戦にも従軍、戦後は実家の老人ホームに戻り、初恋のデイジーとも再会する。
いったいフィッツジェラルドが書いたのはどこまでの話だったのだろう。というか、彼がこんなファンタジックな寓話的な短編を書いていたことが何だか意外な気がしました。なんとなくだけど、フィッツジェラルドっていうよりもガルシア・マルケスっぽい雰囲気の物語。でも最後の最後、かんじんかなめのカタストロフはさすがのフィッツジェラルド節ともいうべき独特のパンチ力だったので、もしかしたらあのエンディングも彼が書いたのかもしれない。いずれ読んで確かめたいと思います。

デヴィッド・フィンチャーという映像作家のことはとくに好きでも嫌いでもないけど、観てて毎回深く感心するのは、この人がほんとうに心から「映像」というメディアを愛し、完全に信じてるんだなという静かな情熱のあたたかさが、画面越しにしっかりと伝わってくるところ。
ふつうの映画の倍の予算がかかったというこの作品、みるからにさもありなんという大作です。舞台は1918年に始まって2005年に終わる。時代背景を再現するプロダクションデザインのパートだけでも相当な規模が要求されるが、主人公がよぼよぼのおじいさんから若返っていく過程をVFXで表現しようってんですから大変です。あとね、パリとかモスクワのシーンもあるんだよね。戦争のシーンもあるし(第一次世界大戦と第二次世界大戦)。
それをただやろう・やりたいってんじゃなくて、この監督、相当にVFXってものをがっちり知りつくしてます。どのVFXパートも物凄い計算されてます。一見無謀なことをやってるように見えてそうじゃない。そんなに無理はしてない。ちゃんとできる範囲を最初から考慮に入れて画面構成も演出も設計してある。オタクですね。この人。間違いない。
そうはいってもやっぱりブラピとケイト・ブランシェットの若返りCGはマジすげーっす。思わず観てて顔がにんまりしちゃうくらい綺麗で、懐かしい。ああブラピってこんなんだっけね、って感じ。可愛いんだよこれが。可愛かったんだなあ。

ベンジャミンの生涯は確かに奇妙なものだったけれど、彼の人生を媒介に行き来するさまざまな登場人物の生涯もまた、それぞれにドラマに満ちている。
彼を育てたクイニーにしてもそうだし、その夫ティジー(マハーシャラルハズバズ・アリ)や、宿命の恋人デイジーやエリザベスもそうだった。養老院でくり返し「わしは7回雷に打たれた」という老人の一生だって変わっている。冒頭に登場する盲目の時計職人ガトー(イライアス・コティーズ)の生涯もドラマチックだったし、ベンジャミンの実の両親(ジェイソン・フレミング/ジョーアンナ・セイラー)の生涯もまた平凡なものではなかった。
人の生き死にには必ず某かのドラマがある。もしそんなもの感じられないという人がいるとすれば、それはあるいは自らドラマを感じようとしていないからかもしれない。
どんな人の誕生も新しい出会いであり、どんな人の死も常に繰り返される別れである。それだけでもドラマじゃないかという普遍的なメッセージをちょー丁寧に描いた、すごくきちんとした文芸映画だなあー、と思いましたです。


リンク:
粉川哲夫「シネマノート」~原作との相違点がまとめてある。