エルサレム賞授賞式で村上春樹氏が「ガザ侵攻」を批判
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これは自慢してもいいことだと思うんだけど、ぐりは村上春樹氏からメールをもらったことが2度ほどある。
もう10年以上前で、今みたいにインターネットがまだ普及していない前のことだった。村上氏はときどき期間限定で公式HPを開設して読者と交わしたコミュニケーションをエッセイにしたりするんだけど、そのHPに村上氏宛てにメールを出したらあっさり返事が来た。
そりゃもうものすごく感激した。嬉しかった。内容は覚えてないんだけど(爆)。インターネットの仕事やっててよかったー、と心から思った。
ただ何度かメールしたけど毎回返信があったわけではなかったらしいので、なぜ村上氏があの2通だけレスしてくれたのかはよくわからなかった。
ぐりと村上春樹の出会いは今からちょうど20年前。
赤と緑の表紙の例の『ノルウェイの森』(そーいやトラン・アン・ユンの映画化企画は進展してんのか?つかトラン監督の『I Come with the Rain』はどーなってんだ?関係ないけど)がむちゃくちゃ売れまくってたけど、当時から既にあまのじゃくだったぐりはベストセラーだとゆーだけでキョーミが持てず、自分から手に取ったことはなかった。村上春樹の名前は父が購読していた週刊朝日の連載で知ってたから、小説じゃなくてコラムの方は中学校か小学校のころから読んでたと思う。子どものころは字が書いてさえあれば何でも、それこそスポーツ新聞の風俗情報欄まで読みつくすくらい(意味は勿論理解していない)の活字中毒だったから。
高校時代ぐりは図書委員で、当番で図書館のカウンターの受付をやっていた。ぐりの高校には『ノルウェイの森』が上下巻それぞれ3~4冊あったはずだけど常にそれはすべて出払っていて、返却されても棚に戻す暇もなくカウンターから借りられていくとゆー大人気の大回転状態だったのを覚えている。だいたい予算が限られた地方の公立高校の図書館に、文芸小説の新刊本が何冊も重複して置いてあるというのが既に異常だった。そんな本ほかになかったと思う。
そしてこれもひどく鮮明に覚えているのだが、ある日当番に行くとカウンターに返却された本の山のいちばん上に、緑色の下巻が重ねて置かれていた。当番の仕事としては返された本をすぐに所定の棚に戻すべきなのだが、つい好奇心で、こんなにみんなが読みたがる小説ってどんなかな?とひらりとページを繰ってみた。だからぐりはこの本を下巻から先に読んでいる。
それ以来数年間、ぐりの読書生活のメインには常に村上春樹が君臨することになった。彼自身の著作は旧作も新作も含め、長編も短編もエッセイもコラム集も翻訳本も、とにかく目に入るものは片っ端から全部読んだ。英訳されたものまで読んでいた。当然のなりゆきとして考え方にもそれなりに影響を受けた。
若いころはベストセラー作家の村上春樹にそこまでハマったことがなんだか気恥ずかしかったものだけれど、今はもうそんなことはないです。それが中年になって羞恥心が希薄になったからなのか(おい)、村上氏の社会に対するスタンスがここ10年ほどでガラッと変化したからなのか、理由は自分でもわからない。
まあとにかく、ぐりは村上春樹氏が好きだ。
作品の中には気に入ってるものもあればそうでもないものもある。考え方には共鳴するところもたくさんあるけど、それはぐりが村上氏の考え方に影響されてるからかもしれない。彼の価値観のどこが正しくてどこが間違ってるかとか、そういうことはぐりはあまり興味がない。
ただ彼の言葉を聞き、読むことが心地いい。それだけだ。彼の言葉はぐりの心を解放し、肉体を解放させてくれる。ページを開きさえすれば、彼が語ろうとしていることがまるごと全部、するするとまっすぐに心の中に下りてきて、きれいに広がって沁みこんでいく。中にはヘビーな作品もある。バカみたいにジョークばっかり満載のエッセイもある。でもどれを読んでいても、心底リラックスして本の中に没入させてくれる。本を読むという愉悦を、思いっきり感じさせてくれる。
そういう作家は、ぐりにとっては日本人では今のところ村上氏ひとりだ。
受賞おめでとうございます。
今年出る新刊、楽しみにしています。
余談になるが、ぐりが男女の営みとはどーゆーことなのかを初めて知ったのは『ノルウェイの森』である(爆)。よーするにつまり、17歳のそのときまで、せっくすとはどーゆー現象であるかとゆーことを知らなかった。って前にもどっかに書いた気がするけど。どんな高校生だ(ちなみにあだ名は「天然記念物」でした)。れじぇんど・おぶ・かまとと。
Bonjour, Je m’appelle Keitaro. 卵と壁 スピーチ和訳。名スピーチでございます(冒頭の動画の日本語字幕の訳が〜〜)。
村上春樹に会いに行く その長編を書き終えてアメリカで開かれた朗読会のもよう。自虐ジョークまみれの村上節炸裂。
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これは自慢してもいいことだと思うんだけど、ぐりは村上春樹氏からメールをもらったことが2度ほどある。
もう10年以上前で、今みたいにインターネットがまだ普及していない前のことだった。村上氏はときどき期間限定で公式HPを開設して読者と交わしたコミュニケーションをエッセイにしたりするんだけど、そのHPに村上氏宛てにメールを出したらあっさり返事が来た。
そりゃもうものすごく感激した。嬉しかった。内容は覚えてないんだけど(爆)。インターネットの仕事やっててよかったー、と心から思った。
ただ何度かメールしたけど毎回返信があったわけではなかったらしいので、なぜ村上氏があの2通だけレスしてくれたのかはよくわからなかった。
ぐりと村上春樹の出会いは今からちょうど20年前。
赤と緑の表紙の例の『ノルウェイの森』(そーいやトラン・アン・ユンの映画化企画は進展してんのか?つかトラン監督の『I Come with the Rain』はどーなってんだ?関係ないけど)がむちゃくちゃ売れまくってたけど、当時から既にあまのじゃくだったぐりはベストセラーだとゆーだけでキョーミが持てず、自分から手に取ったことはなかった。村上春樹の名前は父が購読していた週刊朝日の連載で知ってたから、小説じゃなくてコラムの方は中学校か小学校のころから読んでたと思う。子どものころは字が書いてさえあれば何でも、それこそスポーツ新聞の風俗情報欄まで読みつくすくらい(意味は勿論理解していない)の活字中毒だったから。
高校時代ぐりは図書委員で、当番で図書館のカウンターの受付をやっていた。ぐりの高校には『ノルウェイの森』が上下巻それぞれ3~4冊あったはずだけど常にそれはすべて出払っていて、返却されても棚に戻す暇もなくカウンターから借りられていくとゆー大人気の大回転状態だったのを覚えている。だいたい予算が限られた地方の公立高校の図書館に、文芸小説の新刊本が何冊も重複して置いてあるというのが既に異常だった。そんな本ほかになかったと思う。
そしてこれもひどく鮮明に覚えているのだが、ある日当番に行くとカウンターに返却された本の山のいちばん上に、緑色の下巻が重ねて置かれていた。当番の仕事としては返された本をすぐに所定の棚に戻すべきなのだが、つい好奇心で、こんなにみんなが読みたがる小説ってどんなかな?とひらりとページを繰ってみた。だからぐりはこの本を下巻から先に読んでいる。
それ以来数年間、ぐりの読書生活のメインには常に村上春樹が君臨することになった。彼自身の著作は旧作も新作も含め、長編も短編もエッセイもコラム集も翻訳本も、とにかく目に入るものは片っ端から全部読んだ。英訳されたものまで読んでいた。当然のなりゆきとして考え方にもそれなりに影響を受けた。
若いころはベストセラー作家の村上春樹にそこまでハマったことがなんだか気恥ずかしかったものだけれど、今はもうそんなことはないです。それが中年になって羞恥心が希薄になったからなのか(おい)、村上氏の社会に対するスタンスがここ10年ほどでガラッと変化したからなのか、理由は自分でもわからない。
まあとにかく、ぐりは村上春樹氏が好きだ。
作品の中には気に入ってるものもあればそうでもないものもある。考え方には共鳴するところもたくさんあるけど、それはぐりが村上氏の考え方に影響されてるからかもしれない。彼の価値観のどこが正しくてどこが間違ってるかとか、そういうことはぐりはあまり興味がない。
ただ彼の言葉を聞き、読むことが心地いい。それだけだ。彼の言葉はぐりの心を解放し、肉体を解放させてくれる。ページを開きさえすれば、彼が語ろうとしていることがまるごと全部、するするとまっすぐに心の中に下りてきて、きれいに広がって沁みこんでいく。中にはヘビーな作品もある。バカみたいにジョークばっかり満載のエッセイもある。でもどれを読んでいても、心底リラックスして本の中に没入させてくれる。本を読むという愉悦を、思いっきり感じさせてくれる。
そういう作家は、ぐりにとっては日本人では今のところ村上氏ひとりだ。
受賞おめでとうございます。
今年出る新刊、楽しみにしています。
余談になるが、ぐりが男女の営みとはどーゆーことなのかを初めて知ったのは『ノルウェイの森』である(爆)。よーするにつまり、17歳のそのときまで、せっくすとはどーゆー現象であるかとゆーことを知らなかった。って前にもどっかに書いた気がするけど。どんな高校生だ(ちなみにあだ名は「天然記念物」でした)。れじぇんど・おぶ・かまとと。
Bonjour, Je m’appelle Keitaro. 卵と壁 スピーチ和訳。名スピーチでございます(冒頭の動画の日本語字幕の訳が〜〜)。
村上春樹に会いに行く その長編を書き終えてアメリカで開かれた朗読会のもよう。自虐ジョークまみれの村上節炸裂。