昨日に続いて東南アジアからのお客さんと仕事していますが、案外、日本の曲を良く知っている人で、どうやら母国ではカラオケで日本の歌を愛唱しているようです。
しかし日本の歌といえば、これですよね――
■さくら さくら / 白木秀雄&スリー琴ガールズ (SABA)
ジャズはアフリカと欧州が奇跡的に融合したハイブリットな音楽で、それゆえにその後も様々な様式を貪欲に吸収して進歩・発展したわけですが、それなら日本独自のジャズがあっても良いだろうと、内外でいろいろな試みが行われています。
それらは成功よりも失敗の方が、残念ながら多いように感じますが、最終的にそれを決定するのは個人的な好みということで、今回はこれをご紹介致します。
メンバーは芸大出身の天才ドラマーである白木秀雄を中心に、日野晧正(tp)、村岡建(ss,ts,fl)、世良譲(p)、栗田八郎(b) という当時のクインテット、そして特別に加わった白根絹子、野坂恵子、宮本幸子という3人の美人琴奏者となっています。
録音は1965年11月1日で、実はこの編成による演奏は、その年のベルリン・ジャズ祭のための企画でした。そのテーマは「日本人による日本のジャズ」で、欧州の名プロデューサーであるヨアヒム・ベーレントのアイデアだったと言われていますが、そうなれば日本の祭りとジャズのビートの融合を狙った名盤「祭りの幻想」を吹き込んでいた白木秀雄クインテットに白羽の矢がたつのは当然というところです。
で、勇躍ベルリンに乗り込んだ白木秀雄一行の演奏は大きな話題を呼び、そのまま当地のスタジオで録音されたのが、このアルバムというわけです。
まずA面1曲目には、これぞ日本という「さくらさくら」が収められていますが、琴で演奏される基本的なメロディに白木秀雄がドラムソロで応戦するというアレンジになっており、他のジャズメンは加わっておりませんが、なかなか上手く纏まっています。
続く2曲目の「よさこい節」はモードを使った静謐なアレンジで、村岡建のソプラノサックスを中心に演奏されており、なんとなくスタンダードの「サマータイム」を思わせる展開になっていきます。世良譲の洒落たコードバリエーションは言わずもがな、栗田八郎のさり気無く小技をいれたベースワークも聞き逃せません。
A面ラストの「山中節」は再び琴を入れたアレンジでスタートし、村岡建がウェイン・ショーター風のテナーサックスでテーマをバリエーションする展開となり、アドリブパートでは一転してアップテンポの演奏となります。もちろんそこはモードを使った、当時のマイルス・デイビスあたりをお手本にしたものですが、全体にクールで熱いカッコ良さを狙っているようです。
ただし残念ながら、やや緊張感が強くてバンド全体のリズムが硬いのが勿体無いところで、日野晧正は熱血がやや上滑りしているようです。
しかしB面に入っては白木秀雄が十八番の「祭りの幻想」ですから、演奏もグッとヒートアップしています。もちろんここでも最初に琴が登場して日本のメロディをたっぷりと聞かせるというアレンジになっており、それが終わってから登場するテーマのジャズっぽい部分との対比が鮮やかです。さらにアドリブパートに入ってからも琴が魅惑のリフでそれに応酬するのですから、いやはやなんともの興奮度が高くなります。
それにしてもこの演奏を聴いていると、音楽を文章で表現する虚しさを感じますねぇ……。とにかく一度聴いて欲しいとしか、結ぶ言葉がありません。白木秀雄はかなりアート・ブレイキーのリックを用いていますが、それがアフリカにならず日本になっているのですから、たまりませんね。
そして次が、実はこのアルバムの目玉というか、後々まで日野晧正といえば、これっというハードボイルドなバラード「Alone, Alone and Alone」です。う~ん、やっぱり最高です。ハスキーな部分とハイノートのバランスも良く、とにかく、せつなく歌う日野晧正は畢生の名演でしょう。もちろん海外でも評判の演奏となり、ブルー・ミッチェル(tp) を筆頭にカバー・バージョンのレコーディングが幾つか発表されているほどです。もちろんこれがあってのジャズ喫茶の名盤という側面もあるのでした。
そしてオーラスは、またまた日野晧正のオリジナル「諏訪」で締め括りです。もちろん琴が効果的に使われた幻想的なテーマを、日野晧正がミュート・トランペットで鋭く奏で、快適な4ビートのアドリブパートに繋げるあたりの緊張感は素晴らしい限りです♪ リズム隊のグループもほどよくこなれており、気持ちよく楽しめる演奏です。
ということで、かなりキワモノという声もありますが、純ジャズ的には「Alone, Alone and Alone」が入っているというだけで、私は大切にしているアルバムです。
これは当時、ドイツ盤がオリジナルでしたが、幸いなことに現在、リマスター&紙ジャケット仕様で再発されておりますので、物は試しで聴いてみて下さいませ。
最後になりましたが、リーダーの白木秀雄は学生時代からトップドラマーとなり、昭和33年頃からは日本ジャズ界の頂点に立っていた人気者でした。日活映画「嵐を呼ぶ男」でのドラムの吹替えも白木秀雄によるものだと言われています。しかし私生活は乱れており、悪いクスリに手を出して健康を害し、このベルリン遠征直後からは仕事も不調、ついに1972年に他界してしまったのは残念の極みです。合掌。