なんだか忙しない1日で、昼飯も食いそこねました。しかし先日の義理チョコが意外にも役にたったという、はははっ、バレンタイン反対論者の私がねっ♪
ということで、本日の1枚は――
■Bud Powell In Paris (Reprise)
歴史的名演でも傑作でも無いけれど、ジャズには所謂ジャズ喫茶の名盤というのがあって、これもその1枚です。
主役のバド・パウエルはモダンジャズでは説明不要、ピアノのチャーリー・パーカー(as) というべき存在で、パウエル派というジャンルまで存在する天才ですが、けっして長かったとは言えないその活動は浮き沈みが激しく、精神病院や麻薬治療施設とシャバを往復していた時期もありました。
そして晩年、とは言っても30代ですが、演奏の場を求めて渡欧、もちろん全盛期の迫力は望めないものの、何故かこの時期前後に作られた作品が人気を集めています。このアルバムはその最右翼かもしれません。
メンバーはバド・パウエル(p)、ジルベール・ロベェール(b)、カール・カンサス・フィールズ(ds) のトリオで、録音は1963年2月といわれております。ちなみにプロデュースはデューク・エリントン! その内容は――
A-1 How High The Moon
スタンダード曲ですが、モダンジャズ的には面白くアドリブ出来るのでビバップ以降は定番になっています。パウエルは快調なテンポで飛ばしますが、それにしてもドラムスがうるさいなぁ……。実はそこがこのアルバムのミソなんですが♪ で、演奏はこの時期のパウエルにしては指のもつれも少なく、ノリにノッた挙句、最終コーラスではこの曲を元ネタに作られた「Ornithology」というビバップ曲を弾いて有終の美を飾ります。このあたりは狙ったのか、つい、やってしまったのかは不明ながら、本当に楽しいです。
A-2 Dear Old Stockholm
日本のジャズファンに特に人気がある北欧民謡をパウエルが演じるというだけで嬉しくなる趣向です。演奏はもちろん期待どおり、パウエルが哀愁のフレーズを弾きまくります。なにしろこの当時のパウエルは神がかったところが消えた代わりに、何故か、そこはかとない哀しみや寂寥感が、その演奏から滲み出るようになっていたのですから、もう最高です。
A-3 Body And Soul
お馴染みのスタンダードをパウエルは心をこめて弾いています。しかし、悲しいかなミスタッチが目立ち、往年のインスピレーションも出てきません。ただし、この哀愁はどうしたものか!? これがジャズの不思議で恐いところです。ヨレヨレの哀しみとでも申しましょうか、本当に惹きつけられる演奏です。ちなみにこれをセロニアス・モンクの影響で云々という人もおりますが、私はテクニックの乱れからそうなっているにすぎないと思います。もちろんモンクの影響は否定しませんが……。
A-4 Jor-Du
ご存知、デューク・ジョーダン(p) の人気曲ですが、この手の哀愁曲が多く演奏されているのも、このアルバムの人気の秘密です。しかし演奏そのものはテーマの提示からしてミスが目立ちますし、ドライブ感の衰えは隠しようがありません。これで初めてパウエルを聴くと、本当にこの人が天才なのか……、と必ずや疑問を抱くでしょう。しかし本物の天才なのです、パウエルは! それでなくては、こんなヨレた演奏でアルバムを出せるはずが無いと言ってしまえば、贔屓の引き倒しですが……。
B-1 Reets And I
パウエルが十八番のビバップ曲ですが、悲しいかなインスピレーションに反比例して指が動きません。しかしパウエルは必死でフレーズを綴り、今や名物の唸り声にも、そのもどかしさが滲み出ています。それでもバックの暖かい盛り立てがあって、コーラスを重ねる毎に調子を上げていく演奏は、なかなか楽しいものがあります。
B-2 Satin Doll
プロデュースをしてくれたエリントンの有名曲で、多くのジャズメンによる夥しい演奏が残されておりますが、残念ながらパウエルのバージョンは優れているとは言えません。冴えがないと言うか、完全にボロボロですが、妙に聞かせてしまう説得力が魅力です。
B-3 Parisian Thoroughfare
パウエルが作曲したもので、「パリの大通り」という邦題がついています。作者自身、何度か録音を残していますが、ここでは短いながら快調な演奏になっています。
B-4 I Can't Get Started
これまた人気スタンダード曲で、パウエルはスローテンポでじっくり聞かせてくれますが、1音1音に感情がしっかり込められた演奏だと思います。まさか指の動かなさを逆手に取ったわけでもないでしょうが、このあたりに私は天才の片鱗を感じるのでした。
B-5 Little Benny
オーラスは、これもビバップの定番曲で、アップテンポで快調に聴かせます。ただし指の縺れは相変わらずで、所謂パウエル節も乱れがちですが、ドラムスがやたらに調子が良いので、楽しい演奏になっています。
ということで、これは傑作ではありません。しかし妙に耳ざわりが良いというか、ジャズ者の琴線に触れる演奏ばかりが収められています。はっきり言って、ここにいるパウエルは天才でもなんでもなく、ただの落剥したジャズピアニストですが、神様が地上に降りてきたかのような不思議な親しみがありますし、全体に漂う哀愁は、やはり天才だけが醸し出せるものかもしれません。
録音そのものもドラムスとベースが大きく、ピアノが引っ込んでいるあたりがライブ演奏っぽくもあり、そのドラムスが絶妙に調子の良いオカズを入れてくるので、最初は煩いと思っていたドラムスが、最後には快感に転じているという隠し技も含まれています。
いずれにせよ、これは人気盤で、酒が入っていたりすると、痺れた頭にますます心地良い魅力に溢れています。案外、パウエル、否、ジャズ入門用にぴったりのアルバムかもしれません