OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

春も近いが流氷を聴く

2006-02-28 20:17:04 | Weblog

またまた仕事が地獄に突入です。そこで本日は思い出話シリーズとして、この1枚を――

流氷 / 日野元彦 (three blind mice)

アドリブという瞬間芸に生きるジャズメンは、やはりその場の雰囲気に敏感だと思います。ですから、自分の演奏の場の熱気とか和やかさがダイレクトに演奏に反映してしまう場合が少なくありません。

実は私は以前、1970年代のことですが、新宿のあるライブハウスへ某有名ジャズメンの生演奏を聴きに行った時、なんとお客が私を含めて4人という惨状に曹禺したことがあります。しかもその為としか思われない結果として、お目当ての演奏者が完全にヤル気を無くしたやっつけ仕事を見せつけられました。何しろ自分のソロパートをソソクサと終えると、客席に陣取って酒を飲むその姿は、とてもリーダー盤を出しているミュージャンとは思えず、私は失望させられたのです。しかも、そんな状況ですから、4人しかいない客の内、2人が早々と帰ってしまって、本当に居たたまれない雰囲気でした。

ところがステージでは、若手中心のサイドメン達が修練の場と覚悟したかのように、稚拙な部分も露呈しながら、懸命の演奏を展開してくれたのが救いというか、今でも鮮烈な記憶になっています。

さて、この「流氷」というアルバムは、北海道は根室のジャズファン達が集う「ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ」が1976年に主催したコンサートをライブ録音した音源から製作されたものです。

ジャズという音楽はその当時、日本では大衆的な人気を失っており、またフュージョン・ブーム前夜ということで、その存在は非常に厳しいものでしたし、また地方では一流プレイヤーの生演奏に接する機会もあまりないということで、逆に熱烈な思い入れがあったものと推察しております。

このあたりの事情は付属解説書を読んでいただければ、私の文章など余計なのですが、実際、発表されたこのアルバムの演奏は素晴らしいの一言で、それはその場の温かくて、さらに熱い雰囲気、一期一会というジャズの本質と同義の瞬間を見事にとらえた傑作盤になりました。

メンバーは日野元彦(ds) をリーダーに、山口真文(ts)、清水靖晃(ss,ts)、渡辺香津美(g)、井野信義(b) という当時の中堅~若手のバリバリを揃えていますが、山口真文は特に当日のスペシャル参加という以外はレギュラーのバンドということで、その息の合い方は最高です。ちなみに録音は1976年2月7日、つまり厳冬の釧路は流氷の街ということで、アルバムタイトル曲は決定されたようです。その内容は――

A-1 流氷 / Sailn Ice
 ちょっと日本の土着的なメロディとリズムを含んだ重量感満点のオリジナル曲です。と書くと、なんだ、日本人丸出しのズンドコか……、と思われがちですが、ここではそれを逆手にとったポリリズムのウネリが素晴らしく、演奏は怖ろしい深みから宇宙に昇天していくのです。
 この手の演奏は、当時のエルビン・ジョーンズ(ds) のバンドに範を取ったことは否定出来ませんが、既に述べたように正統派4ビートが完全に勢いを失いつつあったこの頃のジャズ界において、ここで聴かれるような純粋ジャズのグルーヴは本当に貴重で、しかも大名演なのですから、たまりません♪
 それはまず、ギター、ベース、そしてドラムスのビシッとキマッたペース設定に導かれた2管で豪快に吹奏される和風モードのテーマから、先発のテナーサックス・ソロが山口真文です。そのスタイルはコルトレーン派どっぷりながら、その真摯なジャズ魂はなかなか快感です。そしてキメのリフを挟んで次は当時の若手注目株だった清水靖晃が、これもバリバリのコルトレーン派という真髄を聴かせます。
 この両者の比較としては、山口真文がどちらかというとソニー・ロリンズ(ts) やウェイン・ショーター(ts) の影響までも含んだ王道ジャズ派なのに対し、清水靖晃はアーチー・シェップ(ts) あたりのフリー派や、この当時、にわかに人気が出てきていたマイケル・ブレッカー(ts) というジャズロック・フュージョン派の影響を取り込んだ過激な部分が魅力です。したがって、ここでも若さにまかせて情熱を思いっきり吐露しています。バックの日野元彦や渡辺香津美の煽りも激烈で、客席は興奮のルツボ♪ 演奏途中の山場で湧き上がる拍手や指笛の大喝采が、臨場感満点に録音されています。
 さらに凄いのが渡辺香津美のギターで、その鮮烈なソロで聴いているこちらは完全に宇宙に昇天させられます。もちろん日野元彦のドラムスも大爆発、その背後で的確にビートを刻みつつ絡んでくる井野信義のベースも大地の蠢きで、素晴らしいコントラストを描いているのでした。このあたりの盛り上がりは、本当に日本が世界に誇る名演だと思います。そして大団円は日野元彦の大車輪ドラム・ソロで、会場のお客さんととも、スピーカーの前で思わず拍手、拍手♪

A-2 Soultrane
 早世したモダンジャズの天才作・編曲家であるタッド・ダメロンが、ジョン・コルトレーンとの共演盤のために書き下ろした哀愁の名曲です。もちろん個人的にも大好きな1曲で、白状するとこのアルバムのお目当ては、この曲でした。
 で、これがその期待に違わぬ大名演♪ 何しろ一人舞台で熱演するテナーサックスが完璧です。ちなみにこのソロは2人いるプレイヤーのどちらか、アルバム解説には明記されておらず長年の疑問でしたが、幸いにもコンサート主催者である「ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ」の皆様とネットを通じて連絡がつき、教えを請うての正解は山口真文です。
 なにしろその演奏が、哀愁を押さえて静謐なテーマ演奏から徐々に盛り上げ、もちろんコルトレーン派のフレーズを駆使して激情を爆発させていくのですから、たまりません♪ しかもそのバックでリードするのが日野元彦の繊細なブラシとパワー満点のシンバル、この重いビートのドラムスも最高! ですからアドリブパートでの山口真文の構成力も素晴らしく、タメのある思わせぶりな泣きのフレーズ、所謂シーツ・オブ・サウンドによる豪放な心情吐露は何度聴いても飽きません。特に4分22秒目あたりから執拗に音符を集中させて重苦しく空気を充満させ、5分6秒から一気開放していくあたりは悶絶です。バックで炸裂する日野元彦のトドメの一撃も強烈!
 さらに続く渡辺香津美が素晴らしく透明感のあるソロで泣かせてくれます。それは驚異の早弾き、完璧なオクターブ奏法を含むもので、このあたりは山口真文のソロのバックでも存分に発揮されていますので、ぜひともじっくり聴いていただきたい快演です。
 そして演奏はラストテーマからお約束のテナーサックス無伴奏ソロで、有終の美を飾るのでした。おそらく世界的に聴いても、この曲の最良の演奏バージョンのひとつが、これだと思います。

B-1 New Moon
 宇宙的な広がりが演じられるこの曲は、エルビン・ジョーンズのバンドの看板だったスティーヴ・グロスマンの作曲になっていますが、この当時の正統派モダンジャズの若手プレイヤーはこのあたりの人脈の演奏を目標にしていたという証左でしょうか。実際、コルトレーン伝来のモード系ジャズにロックの影響を加味した演奏が、当時の最新スタイルでした。しかしそれはフュージョン・ブーム前夜ということで、あくまでも硬派であり、それが宇宙的な広がりという側面へ流れていたのだと思います。それはもちろん、当時バリバリの最先端を疾走していたウェザー・リポートの影響も無視出来ないところです。
 で、ここでは渡辺香津美がテーマの前の宇宙的なサウンドをリードして、アドリブパートでは、まず清水靖晃がソプラノサックスで熱演を披露します。そして続く渡辺香津美がロック的な味を含みつつも徹頭徹尾ジャズで勝負したギターを聞かせてくれますが、それにしてもこの曲での日野元彦のドラムスは細かいところまで、熟達の技の連発です。
 それは続く怒涛のドラムソロでも全開で、全くスキがありません。もちろんリズム的には破綻している部分が無いとは言えませんが、それすらも物凄いポリリズムに昇華してしまう日野元彦は素晴らしいドラマーです。残念ながら、終生、経済的にも大衆的な人気にも恵まれたとは言いがたいのですが、その実力と情熱は、ジャズ者にとっては永遠のエピタフでしょう。それがしっかりと刻まれているのが、このアルバムです。

ということで、これは日本が世界に誇る大名盤! と本日も言い切ってしまいます。ちなみに現行CDには同一コンサートから2曲が追加されていますが、実際のステージではアンコールを含めて全10曲が演奏され、その全てが録音されているようです。ただし残念ながら、録音状態や演奏の出来等々から、オクラ入りしているのが現状とのことです。

しかしこれだけの演奏が繰り広げられたライブですから、オクラ入りしている他の曲だって悪いはずが無い! というのはファン共通の思いであります。ぜひともコンプリート盤の発売を熱望しておりますが、それにしてもこの時の生演奏を聴かれた根室のファンは幸せだと思います。それは演奏者といっしょにこのアルバムを作り出したということでもありますが、単に歓声・拍手を入れているということ以上に、その場の雰囲気を盛り上げて快演を引き出した情熱の表れでもあります。そしてそれこそが、ジャズ者究極の楽しみではないでしょうか……。

今回、この項を書くにあたっては、その「ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ」の皆々様に多大なるご指導・ご協力を頂きましたが、その全てをここに出すことは、残念ながら出来ませんでした。しかしこのアルバムについては、まだまだ書きたりませんので、いずれ本サイト「サイケおやじ館」の中の「電脳Jazz喫茶」で取上げたいと思っています。

ちなみに「ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ」のHPはこのブログからブックマークしてありますので、ぜひとも訪れてみて下さいませ

コメント (2)
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