OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

横須賀昌美のアイドルショック

2021-02-18 20:09:40 | 歌謡曲

恋のマグニチュード / 横須賀昌美 (ワーナーパイオニア)

掲載したのは、所謂「1980年代アイドル」でありながら、様々なスキャンダルとは言わないまでも、その頃の芸能界を大いに騒がせ、盛り上げてくれた横須賀昌美(よこすかよしみ)が歌手としてのデビュー作となったシングル盤です。

と書いたのも、当然ながら、彼女は「アイドル歌手」が芸能界へのデビューではなく、最初はCMモデルやグラビアアイドルの仕事で人気を集めていたわけで、特に昭和55(1980)年に某化粧品メーカーのキャンペーンガールに選ばれた事から大ブレイク!

忽ち有名企業各社のCMに起用され、ついには昭和56(1981)年春に掲載盤A面に収録された「恋のマグニチュード」で歌手デビューしたわけですが、当時のテレビで放送されていた歌番組に出演すれば、必要以上の水着姿や薄手のスポーツファッションが衣装になっていた記憶があるほどでしたから、これで青少年の人気が掴めないはずはなく、一部では松田聖子よりも将来を嘱望する噂もあったほどです。

ただし、歌手としての実力は正直、優れているとは申せません。

それても作詞:水谷啓二&作曲:和泉常寛が企図した如何にも「爽やかな夏向きアイドルソング」という狙いを外すまいと前向きな気持ちで歌う姿勢は好感が持てますし、松井忠重のアレンジも同時代のアイドル歌謡ポップスの「イイとこ取り」で、なかなか上手く纏まっていると思うんですが、いかがなものでしょう。

ところが、好事魔多し!?

確か昭和59(1984)年頃だったと思うんですが、当時の恋人と云われていた男と一緒のベッド同衾写真が流出し、忽ちアイドルの座から転落したばかりか、多くのCMの仕事が打ち切られ、その違約金でスッテンテンになってしまえば、後は裸一貫!

と、サイケおやじは大いに期待したのですが、出演したロマンポルノ「夕ぐれ族」では脇役でヌードは肩すかし……。

結局は水商売へと転身したとか、プライベートな事情を暴かれたりしたのは有名芸能人の宿命でしょうか、それでも彼女は新たに活路を見出し、それが所謂「Vシネ」への出演であり、ついには露出度の高いラブシーンまでも披露する様になったのですから、再ブレイクは言わずもがな、「脱ぎ要員」との陰口もありながら、テレビのサスペンス作品等々にも出演し、写真集やイメージビデオも相当数売れていたのですから、やはり「イイ女」としての価値は絶大だったというわけです。

ただし、歌手としては結局のところ成功したとは言い難く、シングル盤も4枚ほど出している事を確認しているに過ぎません。

そして、だからこそ、このデビュー曲「恋のマグニチュード」が愛おしくなるのがサイケおやじの偽りのない本音です。

ということで、本日は特段のオチもありませんが、借りているトランクルームの引っ越しに伴い、忘れていたブツを再発見しておりますので、追々にご紹介させていただく所存です。

もちろん、本日の掲載盤も、そのひとつだというわけです。


あと、ちょっとだっ!

2021-02-16 19:31:38 | Weblog

以前からお伝えしたとおり、借りているトランクルームの引っ越しも、今夜の作業で終えるつもりです。

ところが、これがゴミの片付けがメインなもんで、なかなかねぇ…… (~_~;)

遮二無二やるしかないんですけどねぇ~~。

ということで、本日の1枚は休載させていただきます。

失礼致しました <(_ _)>


風が伝えてくれるなら

2021-02-15 19:52:23 | 歌謡曲

風よつたえて / ルーシー・ケント (vap)

現在では珍しくもないハーフの芸能人に未だ希少価値(?)があったのは、おそらく昭和50年代までだった様に思います。

なにしろハーフには東洋系雑種民族には持ち得ないスマートなカッコ良さがありますからねぇ~~、殊更当時の純(?)日本人にとっては、まだまだ拭いきれない敗戦国意識も無意識に作用していたのでしょうか、ある種のコンプレックスが憧れに繋がっていた事は否めないんじゃ~ないでしょうか。

それは所謂パツキンとかグラマーだとか、そんなこんなの括りで女を見てしまう我々の「目」の卑小さと言われれば、まあ……、それまでなんですが、しかし個人的な嗜好の最大公約数がそこにあったならば、それだって否定する事は出来ないわけで…… (^^;

と、例によっての回りくどい書き出して失礼致しました。

とにかく、そんな風潮の中で登場したキュートなハーフの美女にはノー文句でイカレさせられたのが我々サイケおやじと同世代の野郎どもだったと、姑息な言い訳を繕わせてもらいながら本日ご紹介するのが、昭和58(1983)年に発売された掲載シングル盤の主役たるルーシー・ケントです。

もちろん、このジャケ写イメージからして皆様既にご推察のとおり、日米ハーフの彼女は六本木のオールディズ系ライブハウス「ケントス」に当時はレギュー出演していたボーカリストで、サイケおやじも2回ほどステージに接した事がありましたが、ルックスは極めて所謂アメリカングラフティがジャストミートしていましたし、ファッションセンスもナチュラルに似合っていたもんですから、そのまんま芸能界のメジャーな場所へ進出し、テレビではバラエティ番組のアシスタントとして活躍し、同時にラジオでのDJとしても人気を集めていましたですねぇ~~♪

なにしろ英語がノーマルに喋れたところに独特の日本語の入れ込み方とか、だからこそラジオの仕事だけではなく、様々なイベントでの司会等々の他に、もしかしたらカセット企画だったかもしれませんが、そんな雰囲気が横溢したDJだけの「お喋りレコード」みたいなブツも出していた記憶が朧げにあるほどです。

そして掲載盤こそは、おそらくはルーシー・ケントにとっては唯一の本格的ボーカル作品かもしれません。

ところが結論から申し述べれば、作詞:篠塚満由美&作編曲:山田晃大から提供された収録A面曲「風よつたえて」はオールディズ風味よりはユーミンっぽいニューミュージック系歌謡曲になっておりまして、彼女の歌唱にもソフトな声質と節回しが顕著という、しかし、これが、なかなかに心地好いんですねぇ~~♪

バックの演奏パートにもリアルタイムで流行っていたフュージョン~AORスタイルが色濃く、現在聴いても懐かしさと同時に不滅の輝きがあると思うばかりです♪♪~♪

う~ん、ジャケットイメージとの差異が大きいのは、これ如何に?

でも、イイと思えば、何時までもっ!

ってやつなんですよねぇ~~ (^^♪

ということで、ルーシー・ケントは恵まれたルックスがありながら、どちらかと云えば「声」の仕事を優先させてのブレイクだったんですねぇ~~、賛否両論はありましょうが。

今となって、彼女も忘れえぬハーフ美女の芸能人でありました。

あぁ……、どうしているのかなぁ~~ (^^♪


越えられるはず!

2021-02-14 18:00:07 | Weblog

昨夜は揺れましたですねぇ~~、かなり!

それもメインが東北地方だったんで、十年前の地獄が再び!?

という悪い思いに満たされてしまったです。

とりあえず津波被害は最小だったと思われますが、避難を余儀なくされた皆様には感染症対策の不安とご苦労もありますし、復旧作業の関係者各位においても、並々ならぬ力関係が厳しいところですから、今は心からのお見舞いと早急なる対策を祈念するばかりです。

そして本日はサイケおやじの仕事関係先に連絡を入れたり、それなりの協力体制の準備に忙殺されましたが、それを苦労と考えたらバチアタリ!

十年前の悲惨から今日までの道程に発揮されたエネルギーがあれば、今回だって前を向けると思いますし、そこにサイケおやじとしても何らかの手助けなれる様に微力を尽くす所存です。

一致協力とは、こ~ゆ~時の心の支えになるにちがいありません。

一緒に頑張っていきたいと思います。


断捨離なんか出来ねえぞぉ~~!

2021-02-13 19:24:48 | Weblog

トランクルームの引っ越しが佳境に入っております。

当然ながら若い力の助っ人を頼みましたが、あれこれ引っ張り出しているうちに、ついつい様々なブツに気を取られ、ハッパかけられました (^^;

おかげさまで、もうちょいで終わります。

忘れていたブツも持ち帰りますので、ブログのネタだけは増えている状況です。


タイペイ・あいらぶゆ~

2021-02-12 19:31:55 | 歌謡曲

我愛你 / 方怡珍 (DAN / 徳間音工)

昭和歌謡曲の世界では避けて通れないのがチャイニーズ系の出稼ぎ歌手の存在であり、欧陽菲菲やテレサ・テン等々、我が国でも大きな成功を摑んだスタアよりも、今となっては決してブレイクしたとは言い難い、つまりはマニアックな領域において忘れられていない美女系シンガーもサイケおやじが大いに好むところです。

で、そのひとりとして本日ご紹介するのが、昭和48(1973)年春に掲載のシングル盤を日本でのデビュー作とした方怡珍(ファンイーツン)で、皆様ご推察のとおり、彼女は既に台湾においてモデルや女優、そして歌手として活躍していたキャリアがありましたから、日本の芸能界から誘いがあっても当然の存在だった様です。

しかし彼女には出身地の台湾以外にも香港やマカオ、タイ等々での契約が残っていたらしく、その所為で来日デビューが遅れたという裏話もあったと云われておりますが、それはそれとして、やはり美人は得と申しましょうか、我が国ではデビュー直後からテレビにも出演していましたし、芸能誌はもちろん、一般週刊誌のグラビア等々にも登場していた記憶が残っているほどですから、このシングル盤A面収録のデビュー作「我愛你」が作詞作曲:浜口庫之助から提供された名曲だった事にも納得するしかありません。

もちろん曲タイトルが漢字表記の「我愛你」というあたりだって、台湾出身というウリを旗幟鮮明にした戦略(?)と思われますが、その発音「ウォー・アイ・ニー」は中国語で「I Love You」の意味である旨がジャケットに表記されていますし、歌詞の大部分は日本語ですから、例によってのチャイニーズ系カタコト発音による節回しが、なかなかにポップなハマクラメロディにはジャストミート ♪♪~♪

イノセントな歌詞の世界をミディアムテンポのソフトロック風味で歌ってくれる彼女のボーカルには、癒されますねぇ~~♪

あぁ~、この一途な芯の強さ、そこはかとない慎みは大いに魅力だと思うんですが、いかがなものでしょう。

ということで、現在の芸能界にはハーフや在日系のタレントが溢れかえっておりますが、だからこそ本場からのリアルな芸能人が懐かしくなり、しかし……、このコロナ禍では、しばらくは無理かもしれません。

様々な交流が広がってこそ、あらゆる局面での発展が示される事は言わずもがな、閉鎖社会であっても、心の豊かさを失うという愚だけは、なんとしても避けたいものです。


甘く考えていた…

2021-02-11 19:25:58 | Weblog

現在借りているトランクルームから引っ越しする事になり、本日は準備作業に追われました。

同じ建物内での移転なんで、軽く考えていたら、自らの荷物の多さに比例しての乱雑さが…… (~_~;)

期限は今月中なんで、この週末に片付けるつもりですが、ど~なるのかなぁ~~。


小椋幸子はド演歌実力派

2021-02-10 19:48:45 | 歌謡曲

初恋しぐれ町 / 小椋幸子 (ビクター)

我が国の芸能音楽界は今でこそ所謂「J-pop」と「歌謡曲」の二極分化が顕著ですが、昭和50年代においては、その線引きは如何にも曖昧で、ド演歌からニューミュージックまでもが同じ土俵に上がっていた感が強く、もちろん、その間にはアイドル歌謡もムード歌謡も歌謡ロックもキワモノソング(?)も、しっかりと自己主張出来ていたのですから、発売されるレコードの夥しさは現代の比ではなく、それ故に雑食性の高い昭和歌謡界の様相が浮き彫りになっていたと回顧するばかり……。

また、それに同調してのカラオケ文化の定着も納得されるんですが、当然ながらカラオケが配給されていない楽曲も多く、しかしっ!?

そこで知られざる名曲を歌ってみたり、自分だけの十八番を披露しては、イイ顔をしたい衝動だって、そりゃ~当然でしょう。

さて、そこで本日ご紹介したのは小椋幸子のデビュー曲「初恋しぐれ町」でして、これが発売された昭和58(1983)年にしては珍しい(?)ほどの正統派ド演歌に仕上がっていたんですねぇ~~!?

残念ながらヒットしたとは言い難いわけですが、作詞:たかたかし&作曲:聖川湧が企図したところは、全くの「その世界」であり、竹村次郎のアレンジにも温故知新が溢れ出していますから、小椋幸子には相当な歌唱力が求められるわけで、結論から申し述べれば、それは見事の一言!

絶妙のコブシ回しとコントロールの効いたボーカルの感情表現は正に本物ですよっ!

ですから、当時はテレビの歌番組にもチラチラと出ていた記憶がありますし、殿様キングスのゲストボーカルに入っていた時期もあったと思うんですが、大きなブレイクは……。

それでも根強いファンは確かに存在しておりまして、そのひとりがサイケおやじの職場の上司であり、この「初恋しぐれ町」をカラオケで歌おうとして、それが入っていない事に気がつくと、サイケおやじにギターで伴奏をやれっ!

という厳命が出たほどです。

ちなみにサイケおやじが学生時代にバンドをやっていた事は既に職場ではバレていたとはいえ、こんな正統派演歌は生ギターじゃ~ないと雰囲気が出せないと悩みましたですねぇ~、大袈裟じゃ~なくて (^^;

だってサイケおやじはアコースティックギターが苦手ですから……。

それでも件の上司が掲載盤をプレゼントしてくれたもんですから、ほとんど使っていなかったアコギを取り出して、なんとか雰囲気を出せる様に練習してみたら、なんだか流しのギター弾きみたいになってしまったですよ  (^^;

でも、それもまた楽しからずやっ!?

う~ん、やっぱり歌謡曲って、イイですねぇ~~♪

ということで、例によって小椋幸子については何らの情報も持ち合わせていませんが、彼女のレコードは見つけたら即ゲットは心に決めている次第です。

もちろん、機会があれば、皆様も聴いていただきたいと思っております (^^♪