【小社会・12.26】:暮れの芝浜
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【小社会・12.26】:暮れの芝浜
クリスマスも過ぎて年も押し詰まってきた。暮れになると、よく耳にする落語の定番といえば「芝浜」。最近も流れるような江戸言葉で魅了する故・古今亭志ん朝さんの名人芸を聴いた。
腕はいいのに、酒ばかり飲んで働かない魚屋の男が50両の大金が入った財布を拾った。もう商売なんかしなくていい、と仲間と大酒を飲む。目覚めると財布はなく、女房は「夢を見たのさ」と諭す。そんな夢まで見るとは、と反省した男は酒をやめて商売に打ち込む。
働きに働いて、店まで持った3年目の大みそか。除夜の鐘を聞きながら、女房は―。年末の風物詩となる古典には、「文七元結(ぶんしちもっとい)」もある。どちらも大金が絡む人情噺(ばなし)。落ちは心が温まる。
今年の漢字は5回目の「金」だった。五輪ごとに「金」では芸がない。いっそ殿堂入りを、という声も聞く。とはいえ、年の瀬まで続いた臨時国会を見ていると、なるほど「金」の1年だったかな、とふに落ちた。
裏金事件に始まった政治改革。少数与党になった自民党は政策活動費の廃止はのんでも、企業・団体献金の廃止は「党が干上がる」と頑強に拒んだ。扱いは延長戦へ。働けば働くほど暮らし向きがよくなるわけでもない「年収の壁」。国会の多数派確保や、税収減との兼ね合いを測る神経戦も年をまたぐようだ。
「1強」が長かった国会は、様相が変わって年を越す。持ち越した金の話も人々がうなずく落ちを願いたい。
元稿:高知新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【小社会】 2024年12月26日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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