【社説・01.04】:年のはじめに考える チキンレースの勝者は
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説・01.04】:年のはじめに考える チキンレースの勝者は
海に面した断崖絶壁の上で、対立する2人の若い男がそれぞれ車に乗り込みます。海に向かって全速力で並走し、どちらがより崖っぷちまで突っ込めるかの度胸試しです。一方の男は「先に運転席から飛び出した方が『チキン』だ」と主人公をあおります。
「チキンレース」あるいは「チキンゲーム」の言葉を世に知らしめた1955年の米映画「理由なき反抗」の場面です。主演のジェームズ・ディーンの格好良さにしびれた読者も多いのではないでしょうか。英語のChickenには、俗語で「臆病者」という意味があります。
新年早々いささか物騒なシーンを紹介するのは、今月下旬に召集される通常国会が与野党によるチキンレースの様相になりそうだからです。もちろん与野党には正々堂々の論戦を期待しますが、それぞれが「成果」を出そうと真剣になればなるほど、政治的な駆け引きは避けて通れません。
◆予算巡り交渉が活発化
通常国会前半の焦点は2025年度政府予算案の成否です。予算はあらゆる政策の裏付けとなりますから、政府・与党は年度内成立を目指します。成立が大幅に遅れた場合、国や地方の行政、国民生活に影響が出るばかりか、石破茂首相の政権運営が行き詰まる可能性もあります。
自民、公明の与党は衆院で過半数に届かず、野党の賛同を得なければ予算案を成立させられない状況です。日本維新の会と教育無償化、国民民主党とは「年収103万円の壁」引き上げを協議しているのはそのためです。両党の主張を受け入れる見返りに、予算案に賛成してもらう交渉なのです。
財源に限りがある以上、与党が維・国両党の提案を丸のみすることは難しいでしょう。ですが、維・国から「ならば予算案に賛成できない」と言われては元も子もありませんから、一定の譲歩はせざるを得ません。維・国は与党の足元を見ながら高い要求を突きつけます。こうした押し引きはチキンレースの色彩を帯びてきます。
与党には立憲民主党との交渉も重要です。立民に予算案賛成を期待しているわけでなく、安住淳予算委員長が属する立民の同意なしに衆院予算委員会の採決日程を決められないからです。仮に維・国のいずれかが予算案に賛成し、可決できる数がそろっても、採決できなければ意味がありません。
安住氏が不偏不党の議事を進めるなら、政府・与党の望む採決日程を野党の反対を押し切って決めることはないでしょう。予算案の採決日程は与野党の話し合いで決まりますから、野党第1党の立民の意向が重要になるのです。
立民の野田佳彦代表は企業・団体献金の禁止を「政治改革の本丸」に位置付け、通常国会での実現を目指しています。昨年の臨時国会に禁止法案を提出したものの存続に固執する自民との溝が埋まらず、結論は今年3月まで先送りされました。
企業・団体献金は長年、政治腐敗の温床と指摘されてきました。30年前の「平成の政治改革」では公費による政党助成を導入する代わりに企業・団体献金を禁止する方向になった経緯もあります。
立民もこうした正論を繰り返し訴えることで自民に翻意を促そうとするはずです。
◆参院選控え主張を強く
そこで自民は、維・国に加えて立民とのチキンレースにも直面する可能性が出てきます。
野党が予算案の採決を取引材料にして、政治改革の「実」を得るようなことは本来、慎むべきですが、国会審議が緊迫しなければ、自民が派閥の裏金事件を心の底から反省し、企業・団体献金の禁止などの政治改革に本気で取り組むことはないでしょう。
予算案の問題点も徹底的に洗い出さなければなりません。
冒頭のチキンレースでは1人の若者が車ごと崖下に転落し、死亡します。はやし立てた仲間たちは重大な結果に恐れをなし、現場から逃げ出します。主人公はレースでは無事でしたが、その後銃撃事件に巻き込まれ、新たな犠牲を目の当たりにします。チキンレースに勝者はいなかったのです。
今年の通常国会の後には参院選が控えます。党勢拡大を目指す各党は国会論戦をアピールの機会と考え、主張を強めるでしょう。
まるでチキンレースですが、政治の場合、勝者は国民でなければなりません。与野党が国民のための政治をしているか、通常国会の論戦を見届けていきます。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年01月04日 07:06:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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