臨時国会が閉幕した21日の記者会見。岸田文雄首相は財政再建について問われ、こう答えた。
「自国通貨建て国債を発行する国の政府は、いくらでも国債を発行できるという意見もあるが、政府はこの考えは取っていない」
そして「道筋を大事にしながら、財政健全化についても考えていきたい」と続けた。
どこまで覚悟があるのか。この言葉には疑念が拭えない。
昨年度以降、新型コロナウイルス対策で経済対策として巨額の補正予算の編成が相次いだ。2022年度予算案も10年連続で過去最大を更新している。
補正予算の財源は多くを借金である国債に頼る。当初予算案も歳入の3割強を国債が占める。22年度末の発行残高は国内総生産(GDP)の2倍弱にまで膨らむ。財政健全化目標の達成は遠のく。
懸念されるのは、健全化そのものを「重視する必要がない」と考える勢力が今年、政界で勢いを増したことである。
この「道筋」はどこにつながっているのか。だれも明確に示せず、暗中模索の状態が続く。
〈規律軽視する勢力〉
首相会見の6日前。自民党最大派閥の会長に就いたばかりの安倍晋三元首相が都内で講演した。
財政状況に警鐘をならす財務省事務次官の論文について、「こういう話をするから、(国民が)将来に不安を持って財布のひもが固くなる」と批判している。
安倍氏は従来から「赤字国債の大半は日本銀行に買ってもらっている。日銀は国の子会社で、連結決算上は(国の)債務ではない」と主張してきた。
この指摘は「現代貨幣理論」(MMT)に基づく。「自国通貨で国債を発行できる国は、紙幣をいくらでも刷ることができるので、財政は破綻しない」という学説である。欧米の一部の学者が主張している。
財政は既に「火の車」なのに、日銀の大規模金融緩和の影響で金利は低く抑えられ、インフレも起きていない。日本の状況は「MMTの正しさを証明している」と指摘する識者も存在する。
自民党内では12月1日、財政再建を議論してきた従来の組織を衣替えする形で、新組織「財政政策検討本部」が発足した。
最高顧問は安倍氏がつき、高市早苗政調会長ら「積極財政派」が幹部に名を連ねる。財政規律を重視した政策の転換を図る意図が透けている。
自民党は22年度予算編成の政府基本方針に注文を付け、「歳出改革」の文字を軒並み削除させた。財政再建より経済再生を優先する「順番を間違えてはならない」との文言も書き加えさせた。
〈問題先送りのつけ〉
22年度予算案は社会保障費が歳出全体の3分の1を占め、初めて36兆円を突破した。人口が多い団塊の世代が22年から後期高齢者になり始める。予算に占める比重はさらに大きくなるだろう。
コロナ禍に対応した景気対策や、生活弱者の支援も必要だ。産業構造を改革していくことも求められる。それなのに防衛費は無秩序に膨らませ続けている。
歳出が増えるなら、政府が取ることができる対策は限られる。
増税もしくは国債発行で、歳入を増やす。もう一つは歳出の無駄を省き、効率的な「賢い支出」に務めるか、である。
増税と歳出の効率化は、有権者の生活に影響を与え、支持を得るのが難しい。一方で国債は増発しても有権者に直接的な負担がなく、影響を実感しにくい。このため、選挙で選ばれる政治家は国債発行に頼り続けてきた。
いまの財政状況は、政府や国会、そして国民が、問題を先送りにしてきたつけである。解決策が見いだせない中、財政支出を是とする学説はまさに「甘い水」だ。
〈「負債」負う国民〉
財政の規律を気にしないで歳出を進めるとどうなるのか。
伝統的な経済学では、物価が高騰し、金利も上昇する。国債の価格は下がり、政府の資金調達が厳しくなり、増税などの形で国民の生活に跳ね返るとされてきた。
そうならないと主張するMMTの根本は、政府がインフレをコントロールできると考えることにある。ただし、否定的な専門家が多く、学説は定まっていない。
原油価格の上昇や、日米の金利差に伴う円安の進行で製品の輸入価格が上昇し、徐々に国民生活にも影響が出始めている。
真壁昭夫・法政大大学院教授は現状が続くと「いつ起きるか分からないが、急激なインフレが必ず起きる」と警告する。
その時に政府はコントロールできるのか。できなければ、その責任はだれが取るのか。
コロナ禍が進む中、歳出拡大はやむを得ない面はある。求められるのは財源を明確にして、歳出の無駄を省き、必要な政策を見極めることだ。国債頼みを安易に続けると、さまざまな「負債」は最後に国民にのしかかってくる。
元稿:信濃毎日新聞社 朝刊 ニュースセレクト 社説・解説・コラム 【社説】 2021年12月31日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。