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昨日、近所に住む70年来の”竹馬の友”二人と自由が丘で5か月ぶりに会食した。これまで季節のよい春秋二回、まだ自然が残る近くの駒沢公園、砧公園などへ弁当持参で散策の集まりをしていたのだが、昨日はお互いに足が弱り、初めて街中のカフェで昼食を共にした。
自由が丘へは東横線で一駅、乗れば数分の距離だが、昨日は友人の勧めで初めてバスを乗りついで行ってみた。バス停は電車の駅より近いし、乗換えのバス停も同じ場所、それに事実上無料(年1千円)のパス券を持っている。時間が余るほどある、老人にとっては、いいことづくめだ。
自由が丘は、ここ数年、東京では住みたい場所、行きたい場所の上位にランクされているが、戦前、駅前に藁葺の農家があった時代から、この町を知っている僕らにとっては驚きである。しかし、よく探すと、まだ昭和初の遺産を目にする。例えばバス停だが、地方の町でよく目にする待合室がまだ残っていた(写真)。地元の「広小路会」がおそらく無料で場所を提供しているものだろう。お世辞にも立派なものではないが、土一升金一升の地である。バス停で座る場所がなくいつも難儀をしている老人にとってはまさに極楽だ。
2020年の東京五輪に向かって都市整備が進んでいるが、おそらく東京のバス停は、世界でも下から数えたほうがよいのではないだろうか。世界では交通安全のためバス停前に”Bus Bey"という空間が設けられているが、東京ではほとんどない。自由が丘の屋根付き待合室のあるバス停など23区内ではほとんどないに違いない。希望の党が政策の一つにあげれば、僕は喜んで一票投じるのだが、