テレビのゴールデンタイムを、ジャニーズタレントとお笑い芸人が占めるようになって久しい。
ジャニタレは女性がターゲットだが、お笑い芸人は老若男女ウケ狙いだ。
老若男女の老と男に位置づけられる私だが、お笑い芸人の芸やトークで笑うことは滅多にない。
笑いに対する私の感受性の劣化もあるだろうが、常連のお笑い芸人の多忙による新鮮味の低下が原因だろう。
小中学生の頃は、クレイジーキャッツやドリフターズ、コント55号などの、テレビのお笑い芸人の芸に抱腹絶倒したものだ。
植木等や加藤茶、坂上二郎など、出てくるだけで笑いを誘ったものだ。
昔のお笑いは、シンプル、かつ大袈裟だった。
笑いの擬音で言うと、「ワッハッハ~」、「ゲラゲラ」だ。
それが今や「クスクス」「ヘラヘラ」だ。
抱腹絶倒するようなネタには、なかなかお目にかかれない。
それは取りも直さず、芸人が披露するネタの質や方向性が、世の情勢によって変わってきたからだろう。
おおらかだった世の中が、いろんな規制により世知辛くなってきたのだ。
お笑い芸人は観客の反応より、賞レースの審査員の反応を気にするようになった。
視聴者の笑いに対する耐性や判断レベルも向上しており、ありきたりのネタでは笑わなくなった。
視聴者の多様性で、同じネタでも笑う人間と響かない人間が存在するのだ。
今や笑いは大爆笑から、ナンセンスやシュール、シニカルな笑いへと変化した感がある。
また、昔は瞬時だった笑いが、一瞬考えて、ワンテンポ遅れて込み上げて来るのだ。
なかなか笑えない現実だ。
ジャニタレは女性がターゲットだが、お笑い芸人は老若男女ウケ狙いだ。
老若男女の老と男に位置づけられる私だが、お笑い芸人の芸やトークで笑うことは滅多にない。
笑いに対する私の感受性の劣化もあるだろうが、常連のお笑い芸人の多忙による新鮮味の低下が原因だろう。
小中学生の頃は、クレイジーキャッツやドリフターズ、コント55号などの、テレビのお笑い芸人の芸に抱腹絶倒したものだ。
植木等や加藤茶、坂上二郎など、出てくるだけで笑いを誘ったものだ。
昔のお笑いは、シンプル、かつ大袈裟だった。
笑いの擬音で言うと、「ワッハッハ~」、「ゲラゲラ」だ。
それが今や「クスクス」「ヘラヘラ」だ。
抱腹絶倒するようなネタには、なかなかお目にかかれない。
それは取りも直さず、芸人が披露するネタの質や方向性が、世の情勢によって変わってきたからだろう。
おおらかだった世の中が、いろんな規制により世知辛くなってきたのだ。
お笑い芸人は観客の反応より、賞レースの審査員の反応を気にするようになった。
視聴者の笑いに対する耐性や判断レベルも向上しており、ありきたりのネタでは笑わなくなった。
視聴者の多様性で、同じネタでも笑う人間と響かない人間が存在するのだ。
今や笑いは大爆笑から、ナンセンスやシュール、シニカルな笑いへと変化した感がある。
また、昔は瞬時だった笑いが、一瞬考えて、ワンテンポ遅れて込み上げて来るのだ。
なかなか笑えない現実だ。
ビートルズのジョージ、ストーンズのキース。どちらもヘタウマギタリストだ。キースに至っては、歳をとってその素人顔負けのヘタさに磨きがかかってきた。しかしそのサウンドには、他のギタリストには出せない独特な味わいがある。 そんな味わいの小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから買えます。
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