conparu blog

ささやかな身の回りの日常を書き綴ります。
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彼岸随想

2006-09-24 01:46:00 | 随想

 密やかに風の声聞く曼珠沙華

つい数日前まで真夏日が続いていた「残暑」も、ここに来てすっかり秋の気配が漂ってきた。そして秋の彼岸である。
立派な神棚仏壇は無いけれど、心づくしの供え物をして写真の両親に手を合わせた。

話は大きく変わるけど金、金、金、の世の中で、儲けを度外視する出版社の話が朝日新聞の夕刊に載っていた。14日付けだから後出しになるけど、夕刊の1面「現代の漂白②」である。かつて福岡県久留米市で詩誌「母音」を主宰していた丸山豊の下に集まる詩人達がいました。
後に詩人、作家として名をなす谷川雁、川崎洋、森崎和江、松永吾一などが居た訳ですが、その中に混じって風采の上がらぬ一人の男、高木護(79)が居ました。

「母音」をやめて日雇い労務者を続けながら、漂泊の詩人として社会の底辺から詩を歌っていた。彼が東京に出てきてから劇的な出会いが始まる。彼に放浪体験を書かせ出版を促したのが、元教師で「未来社」の編集者、松本昌次(78)でした。松本は「金のため、商売ために物を書く、そういう姿勢を持っていない人の本だけを作ろう」と、心に決めて出版会に入ってきた。埴谷雄高、花田清輝、井上光晴らを手がける――

文士にも気骨のある人がいたものだ。だんだんと気骨のある文士や篤志家がこの世から去って、金銀財宝を追い求める輩が地を占めると、阿鼻吸喚の地獄となる。
今どき美談ではありませんか、感激、感激。

 



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