広島から長崎へ、原爆忌の鎮魂の祈りが続きます。ブラウン管の上にも63年の間、繰り返される非戦の誓いが映し出されました。非常に重い内容で、当時の写真を見ると焦土と化した瓦礫の中に幼い児を負ぶった少年がいる。
既に息絶えた背中の児を、火葬に伏すために不動の姿勢で順番待ちをしていると言う。
NHKスペシャル『封印を解かれた写真、長崎』では、他にもたくさんの記録写真があったけれど、上記の少年の写真が一番印象に残った。
おそらく両親は被爆して犠牲になったのかもしれない。キッと唇を噛んで遠くを見つめている少年の手は、今では死語となっているかも知れない「最敬礼」の死者への儀礼だ。
軍の掟に背いて私用の写真を撮り残していたのは、写真班の軍曹ジョー・オダネル。彼は長崎の惨状を撮影しているうちに、子供たちの打ちひしがれた姿に感情を動かされ、軍規を破ってまでも記録に残したのである。
後に米国でそれらの写真を公表しようとしたが、場所を提供してもらえなかった。公式的には原爆投下が正当だという一般的な国民のコンセンサスが出来ていたから、彼の行為は国賊行為とみなされ、抗議のメールや電話が殺到した。
そのため天井裏のトランクの中に、40数年封印したままになっていた写真なのだが、ジョー・オダネルの良心が公開へと急き立てた。
私はここにアメリカ人の良心と正義を見た。一人でも体制に立ち向かう心の強さを見たのである。幸いに彼の息子が意思をついで、今では封印を解いた写真展が開催され、核縮減から廃絶への機運も高まりつつあるのは、広島長崎被爆犠牲者への慰霊であり、鎮魂であると思う。
死者の声るいるいと満つ原爆忌
既に息絶えた背中の児を、火葬に伏すために不動の姿勢で順番待ちをしていると言う。
NHKスペシャル『封印を解かれた写真、長崎』では、他にもたくさんの記録写真があったけれど、上記の少年の写真が一番印象に残った。
おそらく両親は被爆して犠牲になったのかもしれない。キッと唇を噛んで遠くを見つめている少年の手は、今では死語となっているかも知れない「最敬礼」の死者への儀礼だ。
軍の掟に背いて私用の写真を撮り残していたのは、写真班の軍曹ジョー・オダネル。彼は長崎の惨状を撮影しているうちに、子供たちの打ちひしがれた姿に感情を動かされ、軍規を破ってまでも記録に残したのである。
後に米国でそれらの写真を公表しようとしたが、場所を提供してもらえなかった。公式的には原爆投下が正当だという一般的な国民のコンセンサスが出来ていたから、彼の行為は国賊行為とみなされ、抗議のメールや電話が殺到した。
そのため天井裏のトランクの中に、40数年封印したままになっていた写真なのだが、ジョー・オダネルの良心が公開へと急き立てた。
私はここにアメリカ人の良心と正義を見た。一人でも体制に立ち向かう心の強さを見たのである。幸いに彼の息子が意思をついで、今では封印を解いた写真展が開催され、核縮減から廃絶への機運も高まりつつあるのは、広島長崎被爆犠牲者への慰霊であり、鎮魂であると思う。
死者の声るいるいと満つ原爆忌