Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

「T4作戦」パネル展

2019年02月05日 | 身辺雑記
 2月1日~2日のわずか2日間だったが、都内でナチスの「T4作戦」パネル展が開かれた。わたしは東京新聞の記事(※)で知り、友人にも連絡して、行ってみた。2月1日の午後2時頃に会場に着くと、ヴィデオの上映が始まるところだった。ヴィデオはNHKのETV特集「それはホロコーストの“リハーサル”だった」。何人か集まっている観客の中に友人の姿を見つけた。

 ヴィデオは上映時間1時間の長いものだった。障害者を組織的に殺害した「T4作戦」(その犠牲者は20万人とも、それ以上ともいわれる)を、大竹しのぶのナレーションが、感情を押さえて、静かに語っていった。

 「T4作戦」のことは、何年か前にフランツ・ルツィウスの「灰色のバスがやってきた」(山下公子訳、草思社)を読んで知っていた。ヴィデオが語る事実はその範囲を出なかったが、実際にドイツの現場を訪れ、犠牲者の遺族と面会する映像は、わたしの眼を釘付けにした。

 そこで見たことを、今、言葉でなぞっても仕方がないので、それは控えるが、一つだけ、その後ずっと考え続けていることがあるので、それを述べてみたい。心ある人に共に考えてもらえれば、と思う。

 それは障害者を集めて殺害し、遺体を焼却する施設で働いていた人々へのインタビューの中に出てくる言葉だ。それらの人々はいっている、「私たちは命令に従っただけです。その命令は法律に基づいています。違法な命令ではありません。私たちは職務に忠実だったのです。(戦後の今でも)悪いことをしたとは思っていません」と。

 それを聞いて、わたしは2018年の夏に観た映画「ゲッベルスと私」を思い出した。ナチスの宣伝相ゲッベルスの秘書だった女性へのインタビューの記録映画だが、インタビュー当時103歳だったその女性は、頭脳明晰で、記憶の混濁もなく、明快に「私は職務を忠実に果たしたまでです」と答えていた。悪びれたところや、反省や後悔の念はなかった。

 思えば、ハンナ・アーレントが戦後のアイヒマン裁判を傍聴して、「悪の凡庸さ」と喝破したのも、同様の事例だったろう。

 「私は職務に忠実だっただけ」という思考回路が問題の拡大に決定的な役割を果たしたことに、世界は戦後の比較的早い段階で気付いたと思われるが、その思考回路を乗り越える方法を、世界は(今に至るまで)案出できているのだろうか‥。
(2019.2.1.都生協連会館)

(※)東京新聞の記事

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