EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

南海高野線

2007年12月30日 | 近畿

060502koyagokurakubashi7  南海高野線には00年の夏に3DAYチケットを利用して乗り潰している。それ以前は南海本線や空港線には乗れど、高野線には全く乗っていなかった。南海は子供の頃から全く乗らない路線で、長らく未知の路線だった。幼少の頃にこうや号を見せてもらうために難波まで親に連れられたが、冬季で20000系が検査入場しているため運転していなかったのでその姿を見られなかったのを思い出す。高野線と言えばこうや号の印象が強いが、河内長野サイクルスポーツセンターへ行った時にクルマから見た銀色に輝くステンレスの電車も印象深かった。見るのは見たことがあっても乗る機会はついぞなく、漸く乗ったのが00年のことだった。難波から2000系急行で橋本まで行き、橋本で乗り換えて極楽橋まで行った。当時はまだ橋本での系統分割は主流ではなかったが、私が乗ったスジはちょうど橋本乗り換えを強いられるスジだった。橋本から先は気が遠くなるほど山を分け入って行き、急曲線、急勾配を走り、漸く極楽橋に辿り着いたというような道中だった。極楽橋から先、高野山へも3DAYチケットでケーブルカーに乗れるが、まだ一度も行ったことがない。高野山金剛峯寺は一度クルマで行ったことがあるが、機会があればケーブルの乗り潰しついでにもう一度訪問したい。

 南海高野線は以前はなんばから極楽橋直通の急行が毎時1~2本運転されており、これに特急が数本運転されるパターンのダイヤだった。当時30分サイクルで運転されており、曲りなりにパターンダイヤになっていた。泉北直通とダイヤがかみ合っていないなどの問題はあったが、極楽橋に向けて漸減していくダイヤとしては30分サイクルはよかった。現在は12分サイクルになり、河内長野以南で漸減するダイヤのパターンが狂いがちになっているが、林間田園都市・橋本までは運転本数が増えて、橋本以南は切り離したので、あえてパターン化しなくてもよいようになっている。それでも利用する方から見れば運転間隔は一定している方が有難い。京阪神の私鉄・JRでは等間隔ダイヤが当たり前になっているが、ミナミ(なんば・天王寺など)を起点とする私鉄・JRは昔から有料特急が走ったりするため等間隔ダイヤが崩れるケースが多かった。南海高野線も昔よりかはダイヤパターンが一定になってきているが、それでもパターンが一定していない面が目立つ。京阪神のような都市間輸送を行っていないので、パターンダイヤが崩れるのは仕方ないところもあるが、漸減ダイヤにするにしても、利用者本位で利用者がわかりやすいダイヤとして欲しいものだ。