今日のよみうり寸評に、馬術の法華津選手のことが載っていました。
67歳で北京オリンピック出場が決まり、東京五輪以来44年ぶりの出場。
日本人最高齢の選手となる氏の言葉。
「僕は今でも、乗り方が上手くなっていると感じる。
少しずつ、間違いなく進歩している。」
この歳でそんなことが言えるなんて… なんて素晴らしいのでしょう!
そういえば少し前に、凄い歳で五輪出場が決まった人がいると騒いでいたけれど、私はその記者会見も見逃したので、どんな顔の人だか知らなかったのでした。
Wikによると
”法華津 寛(ほけつ ひろし、1941年3月28日 - )は東京都出身の馬術選手、実業家である。私立武蔵高等学校を経て慶應義塾大学、デューク大学大学院卒業。
12歳で馬術を始める。1964年に開催された東京オリンピックに出場し、障害飛越個人40位、同団体12位。
その後、実業家としても活躍していたが、定年退職後にオリンピック再挑戦を決意し、2003年から家族を日本に残し単身でドイツ・アーヘンで馬術修業。”
デューク大学という名前は日本ではあまり知られていないけれど、ノースカロライナの名門私立と聞いたことがあります。
アイビー・リーグや、こういった米国の名門私立大学に行くと、授業料だけで年間4~500万円かかるとも。(米国では奨学金制度が発達しているから、一概に金持ちしか行けないとは言えないでしょうけれど)
12歳で馬術を始め、日本人でそんな大学まで行ったような氏が、余程恵まれた境遇に生まれたとは間違いないでしょうけれど、それにしても、この生き方、この言葉は素晴らしい。
世の中には偉い人がいらっしゃいますねえ!
ほんの僅かでも、見習いたいものです…
67歳で北京オリンピック出場が決まり、東京五輪以来44年ぶりの出場。
日本人最高齢の選手となる氏の言葉。
「僕は今でも、乗り方が上手くなっていると感じる。
少しずつ、間違いなく進歩している。」
この歳でそんなことが言えるなんて… なんて素晴らしいのでしょう!
そういえば少し前に、凄い歳で五輪出場が決まった人がいると騒いでいたけれど、私はその記者会見も見逃したので、どんな顔の人だか知らなかったのでした。
Wikによると
”法華津 寛(ほけつ ひろし、1941年3月28日 - )は東京都出身の馬術選手、実業家である。私立武蔵高等学校を経て慶應義塾大学、デューク大学大学院卒業。
12歳で馬術を始める。1964年に開催された東京オリンピックに出場し、障害飛越個人40位、同団体12位。
その後、実業家としても活躍していたが、定年退職後にオリンピック再挑戦を決意し、2003年から家族を日本に残し単身でドイツ・アーヘンで馬術修業。”
デューク大学という名前は日本ではあまり知られていないけれど、ノースカロライナの名門私立と聞いたことがあります。
アイビー・リーグや、こういった米国の名門私立大学に行くと、授業料だけで年間4~500万円かかるとも。(米国では奨学金制度が発達しているから、一概に金持ちしか行けないとは言えないでしょうけれど)
12歳で馬術を始め、日本人でそんな大学まで行ったような氏が、余程恵まれた境遇に生まれたとは間違いないでしょうけれど、それにしても、この生き方、この言葉は素晴らしい。
世の中には偉い人がいらっしゃいますねえ!
ほんの僅かでも、見習いたいものです…