
(バーナード・リーチ 岸田劉生)
バーナード・リーチは明治42年にイギリスから初来日、日本の陶芸に魅せられて
第七代尾形乾山の名を免許されるまでになった陶芸家。
そのリーチの生涯を、日本人の陶工父子の視点から描いたアート小説。
1954年、大分の小鹿田を訪れた陶芸家バーナード・リーチと出会った見習い陶工の高市は、
亡父・亀乃介がかつて彼に師事していたと知って驚く。
時は遡り明治末期の1909年、食堂で働く少年亀之助は貧しく学もないが芸術に憧れ、
日本の美を学ぼうと来日した青年リーチの助手になる。
リーチは柳宗悦、濱田庄司ら若き芸術家と熱い友情を交わし、才能を開花させ、
日本とイギリスの芸術の架け橋となって行く。
第七代尾形乾山の名を免許されるまでになった陶芸家。
そのリーチの生涯を、日本人の陶工父子の視点から描いたアート小説。
1954年、大分の小鹿田を訪れた陶芸家バーナード・リーチと出会った見習い陶工の高市は、
亡父・亀乃介がかつて彼に師事していたと知って驚く。
時は遡り明治末期の1909年、食堂で働く少年亀之助は貧しく学もないが芸術に憧れ、
日本の美を学ぼうと来日した青年リーチの助手になる。
リーチは柳宗悦、濱田庄司ら若き芸術家と熱い友情を交わし、才能を開花させ、
日本とイギリスの芸術の架け橋となって行く。

架空の人物を登場させて、その視点から著名な芸術家の生涯を描くという、
原田マハお得意の手法です。
今回の架空の人物は高市・亀之助父子。
面白くて一日で読了しましたが…
貧しい亀之助が、ひょんなことからリーチと知り合って彼の助手となり、
一緒に過ごした10年余が、物語の中心です。
日本の美術に興味があるというだけで、言葉も喋れないリーチが日本に来て
どうやって日本の陶芸を学び、社会に溶け込み、友人を作って行ったか。
美術に何の素養もない亀之助が、どのようにリーチの人生に関わって行ったか。
そういった辺りを巧みな描写で一気に読ませます。

(リーチ作)
惜しむらくは、登場人物が善人ばかりすぎる。
才能に溢れた人間が現れれば、嫉妬する人間も出て来るだろうし、
どんな良い人であろうと10年も一緒に暮らして、何の衝突もなかったとはとても思えない。
今から100年も前の時代、異文化に接することの戸惑いや困惑も多かったでしょうに
そうしたことにまるで触れられていないのが少々残念ですが
美術への情熱の熱さ、師弟愛のあたたかさには泣かせられます。
美術工芸史エンターテイメントとしては、一級の作品です。
「リーチ先生」 https://tinyurl.com/y2pubwot