湯 問 とうもん
ことば--------------------------------------------------------------------------------
「われの死すといえども、子ありて存す。子また孫を生み、孫また子を生み、子また子あり、子ま
た孫あり。子子孫孫窮匱(きゆうき)なきなり。而して山は増すことを加えず。いかんぞ平らがが
らんや」「力を量らずして、日の影を迫わんと欲す」「すでに去るに、余音梁欐(りょうれい)を
繞り、三日絶えず。左右その人夫らずと以えり」
----------------------------------------------------------------------------------------
身のほど知らず
わが身のほども考えず、夸父(かほ:伝説上の巨人)は太陽を追いかけた。追って追って隅谷のき
わまで駆けていった。のどが加わいたので、黄河と渭水をのみほした。それでもたりず、走ってい
って北の大沢湖の水をのもうとした。だが途中で渇きのために倒れ、死んでしまった。夸父のすて
た杖が、しかばねの肉と油で育って鄧林(とうりん)となった。鄧林は広さ数千里にもわたってい
る。
〈隅谷〉 日が沈ひところだという。
〈鄧林〉 即林は桃林で、楚の国の北方だともいう。
【クモの糸をしのぐ世界最強のバイオ素材ミノムシシルク】
12月5日、 医薬品メーカーの興和と、農業・食品産業技術総合研究機構は、ミノムシの糸の製品
化を可能にする技術開発に成功したことを公表た。ミノムシの糸はクモの糸より弾性や強度が高いこ
とを発見。これまで自然界で最強と言われていたクモの糸をしのぐ、世界最強の糸。新たなバイオ
素材としての応用に期待し、早期に生産体制を構築する。ミノムシの吐く糸は、弾性率(変形しに
くさ)、破断強度、タフネスすべてにおいてクモの糸を上回っていることを発見したほか、熱に対
しても高い安定性を示した。ミノムシの糸を樹脂と複合することで、樹脂の強度が大幅に改善され
ることも分かった。 ミノムシから1本の長い糸を取り出す技術を考案し、特許を出願したほか効
率的な採糸方法も確立。ミノムシの人工繁殖や大量飼育法も確立した。このミノムシの糸は、タン
パク質から構成されているシルク繊維であるため、「革新的バイオ素材として、脱石油社会に貢献
できる持続可能な製品と期待され、再生医療用素材としての可能性にも期待されている。
【エネルギー通貨制時代 39】
”Anytime, anywhere ¥1/kWh Era”
Mar. 3, 2017
【世界初!硫化鉛量子ドットとハロゲン化鉛を用いた溶液処理中間バンド太陽電池Ⅱ】
今回は、この量子ドット態様電池の製法とその特性を考察し、最後に関連特許を掲載する。
【製法】
オレイン酸枝鎖エステルPbS量子ドット(QD)は以前に公開された方法35に従って合成された。 0.45
gの酸化鉛(99.999%)、10gの1-オクタデセン(ODE、95%??超)、および1.34gの
オレイン酸(90%超)の混合物を353Kで2時間脱気した。得られた溶液を383Kに加熱し、N
2下で30分間保持した後、1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラチアン(0.21mL)のOD
E溶液(4mL)を急速注入した。注入後、得られたコロイド溶液を室温まで放冷し、アセトンを加えて
遠心分離することによりPbS QD固体を分離した。オレエートキャップPbS量子ドットは、誘導結合プラズ
マ(ICP)分析、X線光電子分光法(XPS)、プロトン核磁気共鳴(1 H NMR)分光法、X線回折(XRD)、吸
収およびフォトルミネセンス(PL)によって特徴付けられた。以下に記載するように、分光法。 ICP分
析および1 H NMR分光法により、オレイン酸でキャップしたPbS QD固体中のPbおよびオレイン
酸の重量濃度を測定したところ、それぞれ55重量%および28重量%であった。 Pbに対するオレイン
酸塩のモル比(オレイン酸塩/ Pb)は、0.37であると計算することができた。 XPSを用いて、
Pb / S / I / Nの原子数比を1 / 0.58 / 0 / 0と決定した。オレイン酸でキャップさ
れたPbS量子ドットの結晶サイズは、XRDにより3.0nmであると測定された。 800nmで励起
された吸収開始波長(1050nm)および発光ピーク波長(1040nm)から、オレイン酸でキャッ
プされたPbS QDのバンドギャップエネルギー(EBG)は1.2eVであると推定された。
上記のオレエートキャップされたPbS QD固体はトルエン中に分散させることができたが、ペロブスカ
イト原料(PbBr2、CH3 NH3 Br)の溶液のための良好な溶媒であるN、N?ジメチルホルムア
ミド(DMF)中には分散させなかった。その結果、DMF中で高い分散性を有するヨウ素(I)キャップPbS
QDが、室温で配位子交換法23により合成された。配位子交換プロセスでは、DMF溶媒和I-配位子がPbS QD
表面のオレイン酸配位子を置き換える。グローブボックス内で、0.20gの上記オレエートキャップPbS
QD固体を2mLのトルエン(超脱水)中に分散させた。1mLのトルエン、0.5mLのDMF(超脱水)、
および0.062gのCH 3 NH 3 I(MAI)の混合溶液を、攪拌せずに11分間かけて滴下した。
MAIとPbS QDのオレイン酸とのモル比(MAI /オレイン酸)は、2と計算することができた。
18時間後、5mLのメタノール(超脱水)をPbS分散液に添加して、ⅠキャップPbS QD固体を沈
殿させた。 IキャップしたPbS QD固体を、孔径0.20μmのポリテトラフルオロエチレン(PTF
E)フィルターを用いた濾過により分離した。IキャップPbS QD固体中のPbおよびオレイン酸の重
量濃度は、ICP分析および1 H NMR分光法により、それぞれ55重量%および1重量%であると測
定された。 Pbに対するオレエートのモル比(オレエート/ Pb)は、0.01と計算することができた。
XPSを用いて、Pb / S / I / Nの原子数比を1 / 0.51 / 0.49 / 0と決定した。
IキャップPbS QDの結晶サイズは、XRDにより3.5nmであると測定された。IキャップPbS
量子ドットのEBGは、吸収開始波長(1200nm)から1.0eVであると決定された。
【太陽電池の特性】
光吸収層を有するセルの光電流密度 - 電圧(J- V)曲線は、ソーラーシミュレーター(Peccell
Technologies、PEC-L01)を用いてAM1.5G条件下(100mWcm-2)で空気
中室温で記録した。 0.036cm2のセル活性領域は、ブラックメタルマスクによって画定された。走
査速度、ステップ電圧、探索遅延、保持時間、および走査範囲は、それぞれ0.1V s -1、0.01V
、0.05s、0.05s、および-0.1Vから1.1Vに固定した。光強度は、較正されたSi基準セ
ル(Bunkoukeiki、BS-520)を用いて補正した。光吸収層を有するセルの外部量子効率(EQE)スペクト
ルを、金属マスクを用いて、スペクトル応答測定システム(文庫木、CEP ? 2000MLR、直流(D
C)法)を用いて空気中室温で測定した。 0.036 cm 2の有効面積。入射単色光のパワーは2.5mWcm
-2未満に保たれ、これはSi参照セル(Bunkoukeiki、BS - 520BK)で較正された。
IRバイアス光照射の有無によるEQE(ΔEQE)スペクトルの差は、IRバイアス光を用いた2段階光子吸収
(TSPA)光電流分光法を使用して、空気中、室温で測定した4,5,7,8,9,10,11 。 IRバイアス光の波長は13
19nmまたは1500nm以上であった。 IRバイアス光は、価電子帯(VB)からIBへもVBから
CBへもペロブスカイトの中間帯(IB)から伝導帯(CB)へのみ電子をポンピングすることができる。
ΔEQEスペクトルは、5Hzに設定された光チョッパーと同期したロックイン増幅器を使用することに
よってスペクトル応答測定設定(交流(AC)法、活性領域0.036cm 2)で得られた。ハロゲンラ
ンプ(100W)を、500nmで1×10 13光子cm -2 s -1~1100nmで1×10 16光子cm -2
s -1の範囲の光子密度を有する単色光源として使用した。 IBの充填を無視するのに十分な低さ。他方のタ
ングステンランプからのIRバイアス光は、光学チョッパーと、1319nmを超えるかまたは1500n
mを超えるIR領域のみを透過させることを可能にする適切な一組のフィルタとを通過した。 IRバイア
ス光のパワーは、56mW・cm -2(1319nm以上)または50mW・cm-2(1500nm以上)
であった。 ΔEQEの差スペクトルは、1319nmのロングパスフィルターを用いたΔEQE(ΔEQ
E1319)から1500nmのロングパスフィルターを用いたΔEQE(ΔEQE1500)を差し引く
ことにより算出した。
【関連特許】
❏ 特許6317535 光吸収層、光電変換素子、及び太陽電池 花王株式会社
下図のごとく1.7eV以上4.0eV以下のバンドギャップエネルギーを有するペロブスカイト化合物
(例えば、CH3NH3PbBr3)、及び0.2eV以上かつ前記ペロブスカイト化合物のバンドギャッ
プエネルギー以下のバンドギャップエネルギーを有する量子ドット(例えば、PbS量子ドット)を光吸
収層の形成材料として用いることにより、ペロブスカイト化合物の吸収できる短波長領域の光に加えて、
量子ドットの吸収できる近赤外などの長波長領域も含む幅広い波長領域の光を吸収できるため、幅広い波
長領域において光電変換機能を有する光電変換素子を得ることができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】1.7eV以上4.0eV以下のバンドギャップエネルギーを有するペロブスカイト化合物、
及び0.2eV以上かつ前記ペロブスカイト化合物のバンドギャップエネルギー以下のバンドギャップエ
ネルギーを有する量子ドットを含有し、 前記ペロブスカイト化合物に対する前記量子ドットの吸光度比
が0.3以下である光吸収層。
【請求項2】 前記ペロブスカイト化合物が、下記一般式(1)で表される化合物及び下記一般式(2)
で表される化合物から選ばれる1種以上である請求項1に記載の光吸収層。
RMX3 (1)
(式中、Rは1価のカチオンであり、Mは2価の金属カチオンであり、Xはハロゲンアニオンである。)
R1R2R3n-1MnX3n+1 (2)
(式中、R1、R2、及びR3はそれぞれ独立に1価のカチオンであり、Mは2価の金属カチオンであり、
Xはハロゲンアニオンであり、nは1以上10以下の整数である。)
【請求項3】前記Xが、フッ素アニオン、塩素アニオン、臭素アニオン、又はヨウ素アニオンである請求
項2に記載の光吸収層。
【請求項4】前記Rが、アルキルアンモニウムイオン及びホルムアミジニウムイオンから選ばれる1種以
上である請求項2又は3に記載の光吸収層。
【請求項5】前記R1、R2、及びR3が、アルキルアンモニウムイオン及びホルムアミジニウムイオンか
ら選ばれる1種以上である請求項2~4のいずれかに記載の光吸収層。
【請求項6】前記Mが、Pb2+、Sn2+、又はGe2+である請求項2~5のいずれかに記載の光吸収層。
【請求項7】
前記ペロブスカイト化合物のバンドギャップエネルギーと前記量子ドットのバンドギャップエネルギーと
の差が、0.4eV以上2.0eV以下である請求項1~6のいずれかに記載の光吸収層。
【請求項8】 前記量子ドットが、金属酸化物又は金属カルコゲナイドを含む請求項1~7のいずれかに
記載の光吸収層。
【請求項9】前記量子ドットが、Pb元素を含む請求項1~8のいずれかに記載の光吸収層。
【請求項10】請求項1~9のいずれかに記載の光吸収層を有する光電変換素子。
【請求項11】請求項10に記載の光電変換素子を有する太陽電池。
この項了
【ソーラータイル篇:パナソニック製HITを採用した守谷市のルーフトップ】
茨城県守谷市にある大型の物流施設「ロジスクエア守谷」の屋根上には、6528枚の太陽光パネルが
並んでいる(上写真)。この屋根上を活用したメガソーラー(大規模太陽光発電所)「ロジスクエ
ア守谷発電所」は、太陽光パネル出力が約2.088MW、パワーコンディショナー(PCS)出力が
1.667MW。「ロジスクエア守谷」は、常磐自動車道の谷和原ICから約2.0km、鉄道でもつくばエク
スプレスの守谷駅、関東鉄道常総線の新守谷駅という二つの駅が徒歩圏内という、輸送面、労働力
の確保の両面から好立地に位置。倉庫は地上2階建てで、敷地面積は約2万5445m2、延床面積が約3
万4223m2となっている。「ロジスクエア守谷発電所」を開発・運営しているのは、土壌汚染対策を
手がけるエンバイオ・ホールディングス。買取価格は21円/kWhで、年間発電量は一般家庭約550世
帯の消費電力に相当する、約242万kWhを見込む。太陽光パネルはパナソニック製(320W/枚)PCS
は、東芝三菱電機産業システム(TMEIC)製の出力1.667MW機を採用し、地上の駐車場の隣接地に設
置。O&M(運営・保守)サービスは、メディア・サポート(横浜市)に委託。
【自動TEM試料作製機能搭載!最新:集束イオンビーム加工観察装置Ⅱ】
❏ 特開2011-082056 集束イオンビーム装置のナノエミッタ作製方法及びナノエミッタ作製手
段を有する集束イオンビーム装置 日本電子株式会社
【概要】
下図のごとく集束イオンビーム装置におけるナノエミッタ作製方法であって、目的の引出電圧を引
出電極に印加する工程と、エミッタ先端部でマイグレーションを起こさせるようなガス圧をガス供
給手段に設定する工程と、エミッタ先端部のマイグレーションの発生を認識しその状態を維持する
ようなガス圧をガス供給手段に設定する工程と、ナノ突起物の形成が始まったことに基づいてマイ
グレーションを遅くするようなガス圧をガス供給手段に設定する工程と、ナノ突起物の形成が完了
したことに基づいてマイグレーションを停止するようなガス圧をガス供給手段に設定する工程とか
ら成り、目的とする引出電圧を持つナノエミッタを容易に作製することができる集束イオンビーム
装置におけるナノエミッタ作製方法を提供する。
❏ 特開2018-205154 画像処理装置、分析装置、および画像処理方法
【概要】
下図のごとく、像処理装置30は、複数の粒子を含む試料を撮影または分析して得られた粒子画像を取得
する画像取得部312と、粒子画像に対して収縮処理を行う画像処理部314と、収縮処理により粒子の
分離および消滅の少なくとも一方が起こったか否かを判定し、粒子の分離および消滅の少なくとも一方が
起こったと判定した場合に、粒子の分離および消滅の少なくとも一方が起こったことを通知する通知部
316と、を含むことで。ユーザーが収縮処理による粒子の分離および消滅を容易に把握することができ
る画像処理装置を提供する。
この項了
● 読書日誌:カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』 No.25
第二部 第6章「悪魔め、悪魔め」と憎は垂木を見上げて叫んだ。「きさまら、血まみれにしてやるぞ」
乱入した僧は藁で作った袋を持っていて、中に手を突っ込むと石を一個取り出し、鳥を目かけて放
った。一悪魔め、輯れた暦魔め、悪魔、悪魔!」
その石があちこちに当たりながら落ちてきた。憎は二個目の石を、さらに三個目の石を投げた。
どの石もテーブルから離れた場所に落ちたが、ベアトリスが両腕で頭を覆った。アクセルは立ち上
がり、顎髭の憎に向かって動こうとした。だが、ブライアン神父のほうが速かった。
憎の両腕をつかみ、諭すように言った。
「イラスムス、やめよ。頼むから、落ち着け」
鳥は狂乱状態で叫び、四方ハ方を飛びまわっている。その騒音を圧倒する大声で顎髭の僧が叫んだ。
「見ればわかる。お見通しだI
「落ち着け、イラスムス」
「止めないでください、神父。あいつらは悪魔の手先です」
「だが、神の使いかもしれないぞ、イラスムス。まだなんとも言えない」
「悪魔の手先とわかっています。あの目をご覧ください、神父。神の使いがあんな目でわれらを見
るでしょうか」
「イラスムス、落ち着け。ここにはお客様がいる」
これを間いて、顎髭の僧はアクセルとベアトリスに気づいた。怒った顔で二人をにらみ、ブライア
ン神父に言った。
「こんなときに客人を院に招き入れるとは、なにごとです。この二人はなぜここに来たのです」
「旅の途中に立ち寄られた良き方々だ。お客様は喜んでお迎えするのが、ここの良き習慣ではなか
ったのか?」
「ブライアン神父、われらの大事を旅人に教えるかつもりか。これは探りにきた輩でしょう」
「探りに来られたのではないし、われらが問題にも問心など持たれてはおらん。おそらく、ご自分
の問題で手一杯であろうからな」
突然、顎髭の憎はまた石を取り出し、投げようと身構えた。だが、ブライアン神父がなんとかそれ
をとどめた。
「下に戻れ、イラスムス。この袋を故せ。ほら、わたしに任せよ。そんなふうにあちこち持ち歩く
ものではない」
顎髭の僧は年上の憎の手を振り払い、取られまいと、必死で袋を胸に抱きかかえた。ブライアン神
父はここは譲ることにし、袋を抱いたままのイラスムスを戸口へそっと導いた。イラスムスはそこ
でもう一度振り向き、屋根の下の鳥をにらんでいたが、神父にそっと石段まで押し出された。
「戻れ、イラスムス。下でみなが待っているぞ。落ちないよう気をつけて戻れ」
顎髭の憎がようやく出ていくと、ブライアン神父は部屋に戻ってきて、空中に漂っている羽毛を手
で払った。
「お二人にはすまないことをしました。悪い男ではないのですが、ここの暮らしがもう無理なよう
です。さ、おすわりになって、安心して召し上がってくださいI
「ですが、神父様、あの方の言い分ももっともではありませんか一とベアトリスが言った。
「ご都白の悪いときにお邪魔してしまったようです。ご負担をおかけしたくありません。できるだ
け早く賢人ジョナス神父様に会わせていただければ、お知恵を拝借して、すぐに立ち去ります。い
つお金いできるか、まだわかりませんか」
ブライアン神父が首を横に振った。
「先ほど申し上げたとおりです、奥様。ジョナスはこのところ体調がすぐれず、誰にも会わせるな
という院長の厳命がありました。もちろん、院長の許可があればそのかぎりではありません。ジョ
ナスに会いたいというお二入の望みと、そのためになさったご苦労は承知しています。ですから、
ご到着直後から院長のお耳に入れようと努力しているのですが、ご覧のとおり、いまは繁忙の時期
でして、ついさっきも重要な訪問者がお一人ご到着になりました。いま院長はその訪問者との会見
に臨んでおられます。そのためにわたしどもの会議も遅れておりまして、会見の終了をみなで待っ
ているところです」
ベアトリスは窓際に立ち、顎髭の憎が石段を下りていくのを見送っていた。突然、指を差して言っ
た。
「神父様、あれは院長様がお戻りになったところではありませんか」
アクセルもベアトリスの横に束て見た。ひょろりと細いが侵しがたい雰囲気を持った人物が、中庭
の中央に出てくるところだった。憎らは会話を中断し、みなその人物に向かって移動を始めた。
「ああ、そうです。院長が戻られました。では、食事をすませてしまってください。ジョナスのこ
とは、いましばらくご辛抱を。この会議が終わるまでは、院長の決定をお伝えできないと思います
ので。しかし、忘れはしません。お約束します。ご希望は必ず伝えます」
確かあのときも、いまのように戦士の詑の音が中庭に響いていたのではなかったか………アクセル
は思い出した。そう、修道憎が向かいの建物にぞろぞろと入っていくのを見ながら、わたしは音に
気づき、薪を割っているのは一人なのか二人なのかと自問したのだった。はっきり覚えている。最
初の音から二番目までの間隔がとても短く、二番目が最初の音の反響なのか、実際に薪を割った音
なのかの判断がつかなかった………アクセルは暗闇の中に横たわりながら、エドウィンとウィスタ
ンが二人並んで薪を割っているところを想像した。ウィスタンに後れずについていけるほどだから
、少年もあの年でもう薪割り名人に違いない。あの少年には驚く。今日の午後、修道院に着くまえ
にも、その辺に転がっていた二個の平らな石で手際よく穴を掘ってみせてくれた………
まだ修道院まで山登りがつづくから体力を残しておいたほうがいい、とウィスタンに説得され、ア
クセルはもう掘るのをやめていた。代わりに、まだ血がにじみ出ている兵士の死体のわきに立ち、
本の枝に集まりはじめた鳥からそれを守ることにした。ウィスタンは死者の剣を使って墓を掘って
いた。こういう仕事に自分の剣を使って、切れ味を鈍らせたくない、と言った。ガウェインの意見
は違った。「この兵士は名誉の死を遂げた。主人の悪巧みはさておき、この男の墓を掘るのに騎士
の剣を使って惜しいということはあるまい」と言った。だが、そんなことを言いながら、二人とも
いまは手を休めていた。そして、原始的な道具だけでどんどん掘っていくエドウィンの手際のよさ
を、目を丸くして見ていた。やがてまた作業に戻るとき、ウィスタンが言った。
カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』
この項つづく
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