1/17 旅の最終日
午前中はリスボン市内観光でした。
前夜連れから葛根湯をもらってのんで、ちょっとましな気分。
午後からの自由行動もあるし、張り切ってスタートしました。
発見のモニュメント
海に向かって左側 ↑右側の下から2番目に王妃
この発見のモニュメントはヨットハーバー横に堂々と海を向いて建てられています。
最前線にいるのがエンリケ航海王子です。
バスコダガマ、マゼラン、ザビエルなどが彫られています。
右側のほうに女性で唯一、エンリケ航海王子の母(ジョアン1世の后)。
イギリスから嫁いできて、イギリスと友好関係にあったことが大航海時代の立役者となったといわれています。
この広場には大理石で世界地図が表され、日本は1541年に発見(到達)されたことになっています。
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発見モニュメントと海岸沿いに並んでべレンの塔があります。
打ち寄せる波際に建つべレンの塔に囚人が閉じ込められたとか。
その前の飛行機、これはパリまで大陸間を飛んだリンドバーグよりも○年早く、大西洋を越えた記念モニュメントです。
南アメリカの○○まで誰が成し遂げたかを聞きましたが、メモを取らなかったので何一つ手がかりになるような記憶の断片も残ってなかった。
ポルトガル人は自慢しぃではないので、有名ではないだけだとガイドさんが言ってました。
名前も年号もわからず調べようがなかった。
やっぱり人の少ない南米よりは、「見よあれがパリの灯だ」とセンセーショナルでなくっちゃあ。
アメリカ人はイベント上手ですね。
線路をはさんで反対側に世界遺産「ジェロニモス修道院」
こんなので飛んでいったなんてびっくりするけど
これに乗って空を自由に飛んでみたい
憧れもあります
この飛行機で海を飛んでいるときは
何を考えていたのだろうなぁ?
1541年と言えば戦国時代ですね
その頃に日本にくる技術があるなんてスゴイなぁ
じっくり見たような見てないような・・・^^
ポルトガル人って確かに自分が自分がって感じの国民性ではないですよね。
お隣のスペインとも違います。
赤ら顔のオバチャンにオジチャン。
いました、いました。
これも国民性と相まって、ポルトガル=ヨーロッパの田舎のイメージを作っている感じがします。
でも、そういう所が私は好きです。
ということは種子島に漂着する2年前から様子を伺ってた?
コロンブスなどもポルトガルで航海技術を学んだらしいから、当時ポルトガルは進んでいたんですね。
でもビルディングの形が奇抜で面白いものが多かったのが印象に残っています。
あまり旅行記続くのもはばかられるのでご紹介できないかもしれないけど。
イベリア半島の端っこで地にしっかり根を張って生きているたくましい民族なんでしょうね。
葛根湯もらえてよかったですね。意外と利くようです。
あと2回ほど最後の記事をまだ書いていないので、もうしばらくお付き合いくださいませ。
やっぱりツアーの食事は満足できないですね。
でも個人で行くとなると、経済的に始末してサンドイッチを公園で食べるのもわびしいし…
ヨーロッパはお金をたくさん持っていかないとろくなもの食べれないし。