特急やくも車中で駅弁食べて、米子に着いたのが11:25。
そこからバスで妻木晩田(むきばんだ)遺跡へ。
パンフレット中央の山が大山です。
遺跡は大山山麓北西側の、美保湾が見える広大な丘の上にありました。
東西約2kmX南北1.7km、170haは東京ドーム30個ぐらいだそう。
めっちゃ広い。
日本最大級の弥生遺跡です。
煎餅に焼き形あるのは、
妻木晩田遺跡の公式キャラクター「むきばんだ」
周りの四角は、39基発見された墳墓のうち四隅突出型墳丘基の形。
パンダのような三角の顔は竪穴住居の柱跡穴。
土屋根と草屋根の2種の竪穴住居とか970棟の建築跡が発見されています。
紀元前1世紀から紀元3世紀の弥生時代に、
大山山麓に存在したであろうクニの中心的な大集落であったようです。
現地見学するだけでなく、土器炊飯体験試食も組み込まれてました。
弥生の館でガイダンス受けてから、屋外テントで火入れ準備を見る。
12:14
玄米、うるち米、タイ米の3種を試食させてもらえます。
米に水たっぷり入れて炊く湯切り法だそう。
火にのせたら見学開始。
12:20
まずは復元エリアから
12:33
高床倉庫も2種あって、これは壁面に板壁のあるタイプ。
12:36
土屋根竪穴住居の中も入ると想像より広い。
12:56
2世紀後半弥生のムラ復元を、少し高いとこから見下ろす。
茅を新たに足した住居の屋根も散見するが、
下向き縦に並べられた茅は定期的に補修しないと雨漏りするんだって。
13:01
竪穴住居跡3棟の遺構展示館
13:03
日本海が見えてええとこ。
13:11
湯切り炊飯法で、炊き上がれば土器の余分な湯を捨てる。
蒸らす間に館内展示等見ながら説明受ける。
さらに向かったのは、
13:40
洞ノ原地区の四隅突出型墳墓
洞ノ原地区の四隅突出型墳墓
1世紀から2世紀前半の約100年間に大小25基が造られてるそうだ。
海が見えて風が吹いて気持ちいい。
魏志倭人伝には「山島に依りて国邑をなす」という一文があるらしい。
国の首長クラスの墓なんでしょうね。
13:53
玄米ご飯が一番旨味あり美味しかった。
弥生人ええのん食べてるやん❣️
約2時間の研修終えて、次のタスクへ、
ほんとにいい旅でしたね。私もご一緒したかった~(笑)
前のコメントの「学生レポート」書いてる気分……分かります。
だから私、言いたいことがある記事ほどかけないんですね。
>ムギバンダ、初めて知りました。... への返信
友人が転勤で静岡で暮らしていた30年は昔、登呂遺跡行きました。
あまり感動もなくてさっさと帰りましたわ。
2020年秋徳島の八倉姫神社行った時も、階段参道下に竪穴住居復元並んでた。
この時も遠目に見ただけでスルー。
今回のように学芸員さんガイドあると知見深まりますね。
倭国大乱=高地性集落とされてますが、僕はそれが納得できなくて妻木晩田に行ったんです。
四隅突出は北陸にもあって、気多大社の平国祭が伝えるオオナムチの越(高志)平定からのつながりが感じられます。
出雲大社の巨柱も、縄文にさかのぼる高志の巨木技術です。
土器飯が食べられるのはツアーならではですね。
>いいなあ... への返信
妻木晩田行かれた時と様変わりしてますか。
2000年に山陰道の建設現場で青谷上寺地遺跡発見で、
鳥取県はフィーバーってるんじゃないでしょうか。
地下の弥生博物館だの、とっとりやよいの王国だの、キャッチコピーも頑張ってるし。
今回のモニターツアーも松葉蟹で釣って観光へ繋げたかったんでしょうね。
しかし16名参加はトホホ、目論見外れたね、きっと。
>倭国大乱=高地性集落とされてますが、
そんな説あったんですか。
青谷の港湾集落はあり得そう?