DJ Necronomicon a.k.a. 剛田武
長谷川きよしのサイケな世界MIX
日本が誇るサイケデリック・シンガー・長谷川きよしの本質に迫るMIX。きよしに触れると虫や野鳥もお経もポール・モーリアもすべてサイケに染まる。それが「きよしマジック」である。
⇒【100フォークスのススメ】第6回:いにしえの旅路の果てに辿り着く新たな世界~吟遊詩人・長谷川きよしの啓示
1. 長谷川きよし / ダリオ・ダリオ(海へ)
盲目のソウル・フォーク・シンガー長谷川きよしの通算5作目(スタジオ4thアルバム)『いにしえ坂』のB面1曲目の問題作。フリージャズ・ドラマー山崎弘率いるジャズ・セクステットが本領発揮の怪演でバックアップし、モーゼの十戒を唱えるようなきよしのテノールが響きわたるイラン歌謡。壮大な草原を渡る風は、隣国ギリシャまできよしの魂を届ける。
2. Iannis Xenakis / Persepolis
ギリシャ人現代音楽家ヤニス・クセナキスがイランの第5回シラズ・ペルセポリス国際芸術祭からの嘱託で1971年8月ダリウス王宮殿̪趾で初演された電子音響大作。ペルセポリスは古代文明の中心地でありペルシャ人とギリシャ人の戦場となった。きよしの唄がイランとギリシャの出会いを呼び起こした。
3. 長谷川きよし / ハイウェイ
『いにしえ坂』B面2曲目。「ダリオ・ダリオ(海へ)」から切れ目なくジプシー・ヴァイオリン・ソロで始まる「ハイウェイ」はきよしのイコライジングされたアンドロイド・ヴォイスによる早すぎたテクノ・フォーク。6年後にヒカシューが発表した「白いハイウェイ」のルーツに違いない。干からびた砂漠のハイウェイを進むきよしが夢見たのは森を流れる川のせせらぎはなかったか。
4. 虫・野鳥・せせらぎ / 森林の夜明け
自然が奏でる神秘的なファンタジーの世界のフィールドレコーディング。演奏は虫と野鳥とせせらぎ。喉の渇きで朦朧としたきよしの妄想の中では、虫の音も小鳥の囀りも川の流れも誇張されてノイズミュージックのように頭蓋を響かせる。
5. 小杉武久 / New York, August 14, 1991
フルクサスとも協働した現代音楽家小杉武久が91年にニューヨークの自宅アパートで独りきりで制作した電子コラージュ音源。イタリアでフィールドレコーディングした鳥の声、ラジオ放送、ペットボトルに仕込んだコンタクトマイク、発振器、ディレイ/ピッチシフターを使ったミュージックコンクレートは、大都会で自然環境を再創造する試みであった。
6. 井内賢吾 / 犬神と家畜
90年代に活動したノイズ・フォークシンガー。90代末に引退しシーンから消えた。猟奇的なテーマを狂気に満ちた悪声とローファイサウンドで歌う情念の世界は、きよしとは対照的に聴こえるかもしれないが、まっすぐな70年代と屈折した90年代という違った時代に生まれた純粋な魂の行き方の違いでしかない。きよしと賢吾は元々は双子のようにそっくりな心の色をしていた。どちらが幸せかは誰にもわからない。
7. 小林希史 / Delicious Art
現代アート界で注目される美術家小林希史が十代の頃にカセットテープに録音したインダストリアル音響を集めたアルバムから。ロックがやりたくて渡ったアメリカでアートに目覚め、美術の道に入った。大竹伸郎に似た行き方だが、ここに収められた音楽は、純粋な少年の生きる証を封じ込めたもの。幼くして視力を失ったきよしがギターに生きがいを見出したことに通じる。
8. 長谷川きよし / 黒の舟唄
作家・タレント・政治家でもあった野坂昭如の71年のヒット曲をきよしがカヴァー、75年にシングル・リリース。深い歌声で情念的な世界を暴き出し、彼の代表曲となった。シングル盤のジャケット写真のヌードモデルは作家・女優にしてフリージャズサックス奏者阿部薫の妻だった鈴木いづみ。きよし本人のアイデアではないと思うが、地下文化との繋がりの証明である。ジャケットにあるように、”プログレッシブ・レーベル”のヴァーティゴ・レコードの記念すべきシングル第一弾でもある。
9. 東本願寺門徒勤行 / 佛説 阿弥陀経
夜中の黒い河に舟を出す舟唄歌いの「ROW & ROW」という掛け声は、彼にとっては念仏とおなじ。筆者に深い信仰心や宗派の別があるわけではないが、念仏の詠唱はミニマルミュージックのルーツであり、そこらのヒーリング・ミュージックやニューエイジ・ミュージックよりも数百倍含蓄がある。癒されるよりも呪われたい異端音楽中毒者にお勧めします。
10. 電音琴 / 愛情多柑蜜
伝統というより風習というべき仏教音楽が盛んな台湾産の電音琴=エレクトーン演奏によるチープ&イージーリスニング。敬虔な仏舎利の儀式から、一歩外へ出たとたんに俗世に塗れる現代人の変わり身の素早さを、能天気な軽音楽で彩る。きよしに必要なのはこんなウキウキ音楽の歓びなのではないだろうか。
11. Calvin Hampton / Triple Play
アメリカの20世紀音楽の作曲家カルヴィン・ハンプトン作曲のオンド・マルトノと2台のピアノのための三重奏曲。微分音(クオータートーン)音楽の代表作である。シャープとフラットの間を四分割した不安定な音階で暴れまくる鍵盤楽器は、フリージャズ以上に乱調の美しさを放つ。すべて譜面に書かれたコンポジションであるが、傍若無人な即興演奏と聴覚的には違いはない。長谷川きよしのガットギターも時には傍若無人なフレーズを鳴らすこともあったに違いない。
12. 工藤冬里 / The last song of my life
80年代地下音楽を代表する異端音楽家工藤冬里の近年作。気紛れに繰り返される素人アンサンブルに聴こえるが、念入りなコンセプトの元ですべて意識的に演奏されていることを知る人はあまりいないだろう。自由気ままな音楽活動を40年近くやり続ける地下の吟遊詩人・工藤冬里も、アナザー・フェイス・オブ・長谷川きよしと呼べるだろう。
13. 長谷川きよし・加藤登紀子 / 灰色の瞳
70年代を代表する男女シンガーソングライターの夢の共演。74年のデュエット曲。フォルクローレの曲に加藤が日本語詞をつけ、哀愁を帯びたメロディーを二人が歌う。のちに森山良子もカヴァーしているが、なぜ同じフィリップスのレーベルメイトのきよしとのデュエットが実現しなかったのかちょっと不思議な気がする。なにか大人の事情があったのかもしれない。
14. ポール・モーリア / ポール・モーリアのR&B
そう考えると、やはり同じレーベル所属のモール・モーリアと長谷川きよしのコラボレーションが実現していれば世界的な話題になったのに、と悔やまれてならない。フィリップスには他に「恋はみずいろ」を最初にヒットさせた女性歌手ヴィッキーや、孤独なアイドル、スコット・ウォーカーも所属していた。ミュージックコンクレートの第一人者・ピエール・アンリもいたし、ヴァーティゴ・レコードにはキース・ティペットやジェントル・ジャイアントなどプログレアーティストも多数いた。それらをすべて巻き込んで、日英仏の長谷川きよしトリビュートを制作したら、世界のサイケ地図は全くちうものになっていたに違いない。
15. Evan Parker / four of six
アルバムの最後を締めるのは、イギリス・フリーミュージックの重鎮サックス奏者エヴァン・パーカーの循環呼吸エンドレス・ソプラノサックス・ソロしかない。鳥の囀り、ブレーキ音、雷鳴、豪雨、ヒステリーの叫び、猫の断末魔など様々な音像を想起させるストイックな演奏は、きよしの歌で沈殿した情念を攪拌して浄化するデトックス効果を発揮する。サイケな悪夢から、リスナーを現実世界に連れ戻してくれる。
長谷川きよし 黒の舟唄
100フォーク
聴けば世界は
丸くなる
長谷川きよし・椎名林檎 / 灰色の瞳