A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

【私のポストパンク禁断症状#9】Phew『Phew』『VOICE HARDCORE』~眩暈の巫女の禱が世界をノックアウトする。★本日、灰野敬二とコラボレーション!

2020年10月13日 02時17分26秒 | ガールズ・アーティストの華麗な世界


Phewと言えば、自分史の中では、1979年高校2年の時、The Clashの2ndアルバム『Give'Em Enough Rope』を買うつもりで訪れた吉祥寺の輸入レコード店ジョージアで、Vanity Recordsから発売されたばかりのアーント・サリーのLPを見つけて、ジャケットのベレー帽の少女に一目惚れして、買おうかどうか迷ったあげく、The Clashを購入した、という思い出がある。あの時、仄かな恋心に身を任せる勇気があったら、あまりに貴重な初期日本のパンクの名盤を同時代に聴くことが出来ただろうに、と後悔の念に駆られたこともある。

実際にPhewの歌声を聴いたのは1980年の坂本龍一プロデュースのシングル『終曲/うらはら』だった。YMOはみんなが聴いていたので好きじゃなかったが、暗黒フォークのテクノ版と言えるこのシングルは好きだった。同じPass Recordsから81年に出たソロ・アルバム『Phew』は、82年大学1年の時にアルバイトを始めたライヴハウス吉祥寺GATTYのカウンターに、灰野敬二『わたしだけ』、阿部薫&吉沢元治『NORD<北>』、ジェファーソン・エアプレイン『シュールリアリスティック・ピロー』等と一緒に飾ってあったのをカセットテープに録音して聴いた。コニー・プランク、ホルガー・チューカイらドイツ人による音楽は、坂本龍一以上にテクノっぽく聴こえて、クールで抑揚のない歌というよりヴォイスを聴かせるPhewはアンドロイドの巫女の禱だった。同時に聴いた灰野の呪術性や阿部の情念性と共に、80年代初頭の地下音楽の香りとして筆者の感性に色濃く刻まれている。

84年にアーント・サリーのLPが再発されてやっと聴けたときには、もっと早く聴くべきだったという後悔と共に、ポストパンクのクールビューティーというイメージの彼女の心の中の熱いロック魂を感じて、戻れない青春時代(笑)に思いを馳せたりもした。しかし80年代後半になるとインディーズやバンドブームが訪れ、自分の興味が肉感的なサイケデリックロックに向いていったために、Phewの活動を追うことが少なくなっていった。しかし心のどこかにPhewの存在は常に引っかかっていた。

1993年2月17日裸のラリーズの川崎クラブチッタ公演のサポートアクトがPhewだったので、初めてライヴが観れると期待していたのだが、開演直前にラリーズ側(水谷孝)とトラブルがあったらしく、土壇場で出演キャンセルになった。Phewが出演予定だった約1時間ずっと無音でストロボが明滅していた。立ちっぱなしで疲れ切った観客に向けて放射された裸のラリーズの演奏は、音圧で会場の入り口の扉が開閉を繰り返していたほどの爆音体験だった。



Phewのライヴを初めて観たのはたぶん2005年2月新宿ロフトで灰野敬二/Reck/PillのバンドHead Rushの対バンで出演したMOSTだったと思う。New Wave/ポストパンクのイメージを払しょくする熱いパンクロックに胸熱だった。
Head Rush & Mostを新宿ロフトで観てきたよ(2005年2月12日記)

次は2009年10月11日新宿ロフトでのDrive To 2010でPhew(vo)、Bikke(g)、石橋英子(key)のBEP。クールなPhewのヴォーカルに仄かな母性を感じた。この日の対バンは灰野敬二とチコヒゲ(フリクション)のデュオだった。
DRIVE TO 2010:灰野敬二×チコヒゲ他@新宿ロフト 09.10.11(sun)

2010年11月7日早稲田大学学園祭でPhew+山本久土。2010年12月18日新代田FeverでMOST。2011年5月28日渋谷WWWでのPhew×高橋悠治は世界の反戦歌や抵抗の歌を歌う孤高のコンサートだった。
ヘアスタ、湯浅湾、Phew@早稲田祭 2010.11.7.(sun)

kuruucrew/MOST/ooioo他@新代田Fever 2010.12.18(sat)
Phew×高橋悠治@渋谷WWW 2011.5.28(sat)

2014年11月24日に六本木スーパーデラックスでPhewとジム・オルークのデュオを観た。対バンは灰野敬二と石橋英子デュオ。エレクトロニクスを駆使した電子音による新たな表現に驚いた。2015年1月10日六本木スーパーデラックスでは映像アーティストRokapenisとのコラボレーションで砂嵐のようなパフォーマンスを聴かせた。対バンはアンラ・コーティス+灰野敬二。2015年10月4日のスーパーデラックスではヴィンテージシンセとヴォイスのソロ演奏。対バンは空間現代×灰野敬二。Phewのエレクトロニクス演奏は会場限定で発売されていたCDRで聴くことが出来る。その時々の実験精神をそのまま録音したような、音の日記のような私家盤である。
灰野敬二+石橋英子/PHEW+ジム・オルーク@六本木SuperDeluxe 2014.11.24(mon)
アンラ・コーティス+灰野敬二/PHEW/ジョン・イラバゴン他@六本木SuperDeluxe 2015.1.10(sat)
空間現代×灰野敬二/PHEW@六本木SuperDeluxe 2015.10.4(sun)

2017年にリリースされたアルバム『VOICE HARDCORE』はタイトル通り声(ヴォイス)に特化した新しい世界を聴かせてくれた。声だけを素材としてミックスされた捻じれたバックサウンドに廃品回収のアナウンスや狂者の呟きのようなポエトリーを乗せた音楽は、かつて感じたアンドロイドの巫女のオーラが深い地底からマグマのように吹き出すSonic Volcano(音響火山)だった。エレクトロニクスとヴォイス、Phewにとってはどちらも同じ自分自身であるに違いない。

2020年9月にリリースされた最新作『Vertogo KO』は2017~2019年に録音された音源をコンパイルしたアルバム。エレクロニクスとヴォイスの関係がバランスよくミックスされた作品群は、タイトル通り「Vertigo(眩暈)」こそがPhewの音楽の核であることを示している。「自分で見聞きする、目に見える世界だけが世界のすべてではない」と語る(MIKIKIインタビューより)Phewが生み出す眩暈は、混迷の世界にとっての救いの光なのかもしれない。

Phew - Vertigo KO


眩暈から
聴こえる声の
美しさ



さて、筆者のPhewライヴ観戦記でもお分かりのように、Phewと灰野敬二との対バンは多々行われている。調べた限りで最初の対バンは1981年8月15日 東京・日比谷野外音楽堂での「天国注射の昼 VOL.3」だと思われる。灰野は不失者、Phewは竹田賢一率いるA-musikとのコラボで出演。他の出演はKEIKO、グンジョーガクレヨン、山崎春美+白石民夫&タコ、PUNGO+近藤達郎、コクシネル、FULLX、VEDDA MUSIC WORKSHOP、原田依幸+片山広明+菊池隆、じゃがたら+和田幸子、BAKUZU、カヌーレ、SHGHING-P ORCHESTRA、坂本龍一、巻上公一、鳥居夷、伊藤はじめ、アウシュヴィッツ、まだ。

40年近く何度も対バンしている二人が初めてデュオとしてコラボレーションする本日の「にじのつきeden vol.2」。入場チケットはソールドアウトだが、アーカイヴなしのライヴ配信チケットは本日20時まで購入可能。”魂を操る司祭”=灰野敬二と”眩暈の巫女”=Phew、それぞれ孤高の道を歩み続ける二者の共演は見逃せない。

10月13日(火) 東京・下北沢440
〈にじのつきeden vol.2〉 Phew 灰野敬二

有観客ライブ(40人限定)+有料ライブ配信(アーカイブなし)

開場 19:30 / 開演 20:00
入場チケット:前売¥3,500(1D別)/ 当日¥500up ※SOLD OUT

配信開始:20:00〜(※アーカイブなし)
配信チケット:¥2,000+投げ銭
ZAIKO:( https://440-fourforty.zaiko.io/_item/330718)
販売期間  9/28 20:00〜 10/13 20:00
配信期間 10/13 20:00〜 10/13 23:00(終演まで)

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