浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

ナメクジ退治

2024-05-28 20:41:42 | その他

 もう雨は止んだ。この時期、雨が続くとナメクジが徘徊する。

 わが家の庭には、ポットや育苗箱が並んでいる。野菜や花の苗が育ちはじめている。その苗を、夜、ナメクジが襲う。葉がきれいになくなり、小さな茎だけが土から少しだけ伸びているものもある。あるいは葉の一部が消えたり・・・・

 私は雨の日の夜は、懐中電灯を左手に持ち、ナメクジを瞬殺するスプレーを持って見まわる。今日も今、行ってきたばかりである。10匹ばかりのナメクジを瞬殺してきた。苗の周りには、ナメクジを誘引して殺す、という粒状の薬剤を撒いてあるのだが、そのなかをかいくぐる猛者もいる。

 毎年、この時期、かなりの被害を受ける。

 私は野菜も花も、すべて種から栽培する(イモ類は別)。となりの畑で野菜をつくっているHさんも、その他の人も、皆苗を購入している。もちろん、種はたくさんあるので、私がつくった苗を周辺の人びとに分けることもある。種を蒔く時期に、すでに苗は売られているから、わが家の夏野菜の収穫は遅れる。それでも、私は種からにこだわっている。

 だからこそ、ナメクジに襲撃されるのである。ナメクジも生きているのだが、私とナメクジは共存は出来ない。ナメクジには諦めてもらうしかない。

 

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正当な批判ー冷笑する『朝日』

2024-05-28 18:47:33 | メディア

 『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』と、現在の朝日新聞は遙か遠いところにきてしまっている。疋田や疋田を慕う数多くの記者はすでに朝日を去っている。新聞とはかくあるべき、という信念は、とうの朝日の記者にはなくなって、新聞の行く末を憂えている者たちがもつようになって久しい。

 今日も私は『東京新聞』を読みながら、社会や世界各地で起きている理不尽なことを知り、どうしたらこうした理不尽をなくすことができるのだろうかと考える。新聞を読まず、ネットなどで自分の好みだけの情報だけを得ているだけでは、この世の理不尽を知ることはない。そうであってはならない。

 プチ鹿島さんは、朝日新聞の投稿へのタレントによる非常識な回答、それに伴う朝日の記者の対応に、あきれながらその顛末を記している。 

読者を小馬鹿にする記者の態度にビックリ…野沢直子(61)の「悩み相談」騒動に見る“朝日新聞の冷笑主義”

  朝日新聞を退職した人びとは、この朝日の冷笑主義をどうみているのだろうか。もと朝日の記者、Arc TIMESの尾形聡彦さんは、みずからのネット番組で厳しく批判していたが・・・。

 何度も書いているが、今や朝日新聞はリベラルでも何でもない。読売新聞と共に築地再開発の一員となり、新聞社としての矜持をかなぐり捨て、不動産業などに邁進しようとしている。今残っている者たちは、そうした朝日の経営姿勢と同調する人びとである。

 新聞記者は、この『新聞記者』や『外岡秀俊という新聞記者がいた』を読むべきである。

 

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マイナンバーカードを推進する人って・・?

2024-05-28 13:09:55 | 政治

 マイナンバーカードは持っていないし、マイナ保険証もない。それが偽造されているという情報が流されている。

マイナカード偽造「1枚5分、技術や準備は不要」中国籍の女証言…本人確認に目視のみ多く悪用拡大

 自民党・公明党政権は、マイナンバーカードを国民につくることを強制しているが、私はマイナンバーカード詐欺をする犯罪集団と自民党・公明党政権とはグルではないかと思う。

 私は持つつもりはない。

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本を借りてきた

2024-05-28 11:11:38 | 

 先ほど図書館に予約していた本を借りだしてきた。その本とは、『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』(朝日新聞社、2007年)である。先に紹介した『外岡秀俊という新聞記者がいた』(及川智洋、田畑書店、2024年)のなかに記されていた。

 まず外岡の文を読んだ。彼が疋田の思いで、そして彼から教えられたことが記されていた。

 取材の基本は、6つ記されていた。そのうちなるほどと思ったのは、「記事を書く場合に、読者にとって未知のことは2割でいい。8割のことが既知であれば、読者は楽々と道行きを楽しみ、自分の記憶を確かめながら文章を味わえる。2割の驚きがあれば、満足感が得られる。これが逆だと、読者はせっかくの発見も味わうことなく、読むのをやめてしまう。」である。なるほど、である。読者は既知のものを駆動させながら、新たな知を受け入れるのだ。私も、歴史についてしばしば話をするが、これは留意するべきことなのかなと思った。

 また疋田は反権威の人であると、書かれている。「武威を張る者、権威をかさに力押しにする者、序列をおしつけたり、権力に擦り寄ったりする者に対しては、容赦のない侮蔑のまなざしを向け、口もきこうとしなかった。」という。私も疋田同様、こういう輩は大嫌いで、こういう輩とは原則的にはつきあわない。上下のタテ関係を重視する者はろくでなしばかりだ。しかしそういう輩は多い。必然、私の交友関係は狭まっていく。

 次に、疋田が書いた伊勢湾台風、東大生らの山岳遭難の記事を読んだ。記事は読みやすく、事件の概要は書かれているが、そのなかに考察が記され、それははっきり言って主観的な内容であった。だがそこには鋭い視点が貫かれていた。おそらく他の誰もが気づかない視点、そこから素人的な疑問をもとに、事件のなかに隠れている本質的な問題をえぐり出す、いやえぐり出しているのだが、その文自体は静かなのだ。決して声高に主張するのではない。読者は、この文を読みすすめながら、本質というか普遍的な問題のありかへと誘われる。

 こういう文は、そう簡単には真似できないと思った。

 読めば読むほど、この本に引き込まれる。

 

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報道

2024-05-28 08:02:57 | メディア

 メディアを注視していて、ときにその内容をメールで送っていただいているが、そのなかに、静岡県知事選について、NHKは、朝のニュースの6時台、6時30分台ニュースでは伝えたが、7時のニュースではまったくとりあげなかった、という。

 この県知事選は、SUZUKI康友浜松市政を批判してきた私にとっては、決して与野党対決ではなく、与党と野党の名を騙った与党との対決で、そのなかみは、SUZUKIのトップ鈴木修の地方政治への容喙を認容するかどうかの選挙であった。SUZUKI康友は決して野党候補ではないことは、前回のSUZUKI康友の市長選に、菅義偉が選挙応援に来ていたことで示されている。

 とはいえ、自民党が推薦した候補が落選したことは事実であって、この事実は自民党・公明党政権にとってはあまり知られたくないことであろう。これが全国に波及していけば、彼らの政権は危機状態になる。NHKは政権の意向を十二分に意識して、報じなかったのだろう。NHKの政治的立場は、いよいよ明確である。

 私はテレビを見ない。テレビを見ている人からは、NHKのニュースは問題だけど、良い番組がある、という。では、良い番組と悪い番組の割合はどの程度なのだろう。すべてのテレビは、今や政権の広報機関と化している。見る価値はないと、私は断じている。

 いずれにしても、NHKの政権の広報機関化は顕著である。

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