「HASHI『橋村奉臣』展」 東京都写真美術館

東京都写真美術館目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内)
「HASHI『橋村奉臣』展」
9/16-10/29



次の土日までの開催ですが、是非おすすめしたいと思います。ニューヨーク在住の写真家「HASHI」こと、橋村奉臣の個展です。



展示構成は二部に分かれていますが、初めの「一瞬の永遠」からして非常に見応えがあります。肉眼では決して確認することが出来ないモノの移行の瞬間を捕らえ、それを驚くほど鮮やかな写真で表現する。グラスから水が滴り落ち、金魚が網を破るその瞬間。HASHIの写真を見ると、普段どれだけモノの一面だけしか見ていないのかが痛いほど良く分かります。二つのワイングラスが豪快にぶつかり合う瞬間を見て下さい。赤と白のワインが、まるでキスをするように体を寄せ合わせ、その情熱を互いに確認し合っているではありませんか。モノの魂は、人の感知し得ない次元の中に閉ざされていた。HASHIはそれを解放して、シンプルな写真の上に載せてくれたようです。この展覧会では、何気なく見落としてしまうようなモノの移ろう瞬間に、未知の美しい時が隠されていたことを目の当たりにすることが出来ます。また彼の創作の方向性は、杉本博司と正反対にあると言っても良いのではないでしょうか。杉本が永遠の美を写真に吸い込んで保存しているとすれば、HASHIは一瞬の美を写真へ取り出して見せているのです。早送りすることも巻き戻すことも出来ない時間を、彼はファインダーを通じて拡大し、いとも容易く仕留めています。これはもう魔術です。

 

大きく引き延ばされた写真自体のクオリティーも見事でした。カビの生えた果実はまるで衛星写真で見た火山のようにそびえ立ち、水の中に投げ入れられた石がレモンのように輝いている。目に染みいるほどに眩しい色の光が、写真から強く放たれています。また、見えないはずの瞬間を何とかして捉えようとするHASHIの眼差しが、作品自体にも良く表れていると感じました。人は一点だけを真剣に凝視する時、まわりに存在する他のものは目に入りません。それと同じように、彼の作品にも、ストイックなまでに研ぎすまされた僅かな時間と空間だけが表現されています。つまり、余分な時間を一切削ぎ落とした美の瞬間だけを、またあたかもモノに魂が宿って自在に表情を変えた時だけを、鋭く切り出しているのです。常に極めて純度の高い、ダイヤモンドのように輝いた一瞬間だけが示されていました。



後半部では、またそれと打って変わった「未来の原風景」シリーズが待ち構えています。こちらは1980年から90年代のパリの街角などを捉えたモノクロ写真を、コラージュとして半ば絵画テイストに仕立て上げた作品です。10年から20年前に撮影されたはずの町並みが、もっと昔の、まるで40、50年前のイメージにて湧き上がって来ます。タイムスリップです。コンセプトの「西暦3000年の未来社会に生活する人々の目に、現代がどう見えるのか。」(パンフレットより。)というところまではさすがに感じ取れませんでしたが、モノトーンの画面から滲み出すように浮き出す街角や人々の光景は、まさにノスタルジックな風情に満ち溢れていました。またその他、ロダンの彫刻を写した作品からは、その素材の質感の重みを通り越した官能性を強く感じさせます。石が血の通った肉体へと変化した。ロダンが彫刻に意図したその感覚を、HASHIは写真で忠実に再現しているのかもしれません。



恥ずかしながら、これまでHASHIの名を一度も耳にしたことがなかったのですが、久々に写真に惚れました。今月29日までの開催です。(10/15鑑賞)
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )