「春日の風景」 根津美術館

根津美術館
「春日の風景 麗しき聖地のイメージ」
10/8-11/6



奈良・春日野にまつわる絵画、工芸を展観します。根津美術館で開催中の「春日の風景 麗しき聖地のイメージ」のプレスプレビューに参加してきました。

奈良市中心部、御蓋山(三笠山)の山裾に広がる春日野の地は、現在でも日本有数の観光地として知られていますが、その地位は当然ながら何も一朝一夕に確立したわけではありません。

それこそ神の山として崇拝された三笠山をはじめ、藤原氏の氏寺・氏神である興福寺や春日大社など、古代より春日野の地は風光明媚な名所であると同時に、神と仏の存在する聖地として尊重されてきました。


展示風景

この展覧会ではそのような春日大社に因む曼荼羅の他、春日の里にまつわる物語絵、さらには名所図屏風や、工芸品など37件が一堂に会しています。

まさに春日の地におけるイメージの展開をひも解く展覧会です。根津美術館のコレクションだけでなく、三の丸尚蔵館や奈良国立博物館、それに法隆寺や長谷寺、さらには春日大社所蔵の品など、同館の70周年の特別展に相応しい貴重な品々が揃っていました。


中央、「春日宮曼荼羅」 絹本着色 13世紀 奈良 南市町自治会

その目玉としてまず挙げられるのが、奈良南市町自治会の「春日宮曼荼羅」(13世紀)です。これは春日大社の社殿を表した宮曼荼羅と呼ばれる作の最高峰としても知られるもので、縦1メートルにも及ぶ巨大な画面の中に、参道から上部の社に至る境内の全景が描かれています。

また作品の左下にある塔にも注目です。これはかつて春日大社の入口にそびえていたもので、高さは40メートルにも達していました。残念ながらこの塔は南都の焼き討ちや落雷で2度消失、その後に再建されることはありませんでした。なお本作が関東で公開されたことはこれまで1、2度しかありません。是非とも会場で確認してみてください。


右、「春日宮曼荼羅」 観舜筆 絹本着色 正安2年(1300) 湯木美術館 *10/8-10/23展示

さて曼荼羅を好んだ王朝人にとって『現世の浄土』でもあった春日野の地ですが、彼らは言わば『絵を見ながら参拝していた。』というのも興味深いことです。湯木美術館の「春日宮曼荼羅」(1300年)には長い参道も描かれていますが、社殿への道なりを絵に示すことで、そのバーチャルな参拝行為に一つのリアリティーを与えていました。ようは道を目でなぞることが、実際の参拝行為とリンクしているというわけです。

根津美術館の「春日社寺曼荼羅」(14世紀)は修復後、初めての公開です。鹿が多数描かれているのも見逃せませんが、上部に春日の境内と下部に興福寺の仏像を表するという、二層構造をとっているのも重要なポイントです。


左、「春日社寺曼荼羅」 絹本着色 14世紀 根津美術館

これは春日社と興福寺の密接な関係を示すのと同時に、当時の藤原氏の権勢を表しています。二つの社寺の関係を見ても明らかなように、春日野は神仏習合の思想が色濃く反映されていますが、それをよく示す作品でもあるとのことでした。

さて春日野を描いた作品は曼荼羅に限るわけではありません。奈良南市町自治会の「春日宮曼荼羅」と並び、本展のハイライトとして重要なのが、宮内庁三の丸尚蔵館の「春日権現験記絵」です。


展示風景(展示ケースの右から左までが全て「春日権現験記絵」です。)

これは藤原氏の発展を願って社に奉納された絵巻物で、全20巻にも及ぶ長大な画面に春日社の由来や神の霊験などが描かれています。


「春日権現験記絵 巻第1」 詞 鷹司基忠 絵 高階隆兼 絹本着色 鎌倉時代 延慶2年(1309)頃 宮内庁三の丸尚蔵館

本展ではそのうち、近年に修復を終えた第1巻と第19巻が公開されています。紙ではなく絹本ということもあり、絵具の鮮やかさも驚くべきものがありますが、細部の細部まで優雅に示された人物や社殿の表現など、ともかく見どころは満載でした。


「春日権現験記絵 巻第19」 詞 鷹司基忠 絵 高階隆兼 絹本着色 延慶2年(1309)頃 宮内庁三の丸尚蔵館

中でも私として一推しにしたいのが巻第19の春日山を描いた部分です。雪に覆われた春日の山並みがパノラマ的構図にて表されています。また山の一部には雲が靡いていますが、これはいわゆる霊気だそうです。神聖な春日野のイメージがよく伝わってきました。


「春日神鹿御正体」 銅製鋳造鍍金・木造彩色 13‒14世紀 細見美術館

さて春日野といえば鹿でもありますが、鹿曼荼羅と呼ばれる作品もいくつか出ています。一例が奈良国立博物館の「春日鹿曼荼羅」(13-14世紀)です。神の使者である鹿の上には、同じく神を宿すという榊が置かれ、そこには五体の仏が描かれています。そして遠くには春日山と月を望んでいます。神仏習合の春日信仰の世界観を如実に表す一作とのことでした。


「伊勢物語絵 上巻」 紙本着色 16世紀 個人

伊勢物語の最初の段は「春日の里」です。展示では住吉如慶による「伊勢物語絵」(17世紀)も出ています。


「春日山蒔絵硯箱」木胎漆塗 15世紀 根津美術館

また秋草に鹿と月があしらわれた「春日山蒔絵硯箱」(15世紀)も優美な作品でした。


右、「奈良吉野名所図屏風」紙本金地着色 6曲1双 18世紀 個人
左、「奈良名所図屏風」 紙本金地着色 6曲1隻 17世紀 細見美術館


洛外洛中図など、京都を描いた名所絵は多数ありますが、奈良を描いたものは意外と多くありません。この展覧会では屏風形式をとる奈良の名所図が二点ほど出品されています。こちらもあわせて楽しみたいところです。

春日と言えば曼荼羅など、宗教美術が全面に押し出される傾向もありますが、こうした屏風や硯箱などに接すると、風光明媚な土地そのもの魅力を味わうことが出来ます。ちらし表紙にも掲げられた「日本の自然は、かくも美しく、気高い。」という一文がずしりと響いてきました。

さて本展は根津美術館学芸課長、白原由起子氏が担当されましたが、その白原氏の展示に関するインタビュー記事が、お馴染みの「弐代目・青い日記帳」に掲載されています。

「担当学芸員に聞く『春日の風景』展の見どころ。」@弐代目・青い日記帳

インタビューで白原氏が「照明もバッチリ調整し美しい姿をお見せ出来るはず。」と述べた青色の「琉璃灯籠」は、確かに息をのむばかりの美しさでした。こちらも会場で是非とも楽しんで下さい。


展示風景

短期決戦の展覧会です。会期は一ヶ月しかありません。また一部作品には展示替えもあります。詳細は「出品リスト」(PDF)をご参照下さい。

また先日リリースされた根津美術館アプリでも情報更新中です。(紹介記事



11月6日まで開催されています。

「春日の風景 麗しき聖地のイメージ」 根津美術館
会期:10月8日(土)~11月6日(日)
休館:毎週月曜日 *但し10月10日(月・祝)は開館、翌11日(火)閉館。
時間:10:00~17:00
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。

注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
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