「松岡映丘展」 練馬区立美術館

練馬区立美術館
「生誕130年 松岡映丘 日本の雅 やまと絵復興のトップランナー」
10/9-11/23



近代日本画におけるやまと絵復興の泰斗、松岡映丘(1881~1981)の画業を展観します。練馬区立美術館で開催中の「生誕130年 松岡映丘 日本の雅 やまと絵復興のトップランナー」のプレビューに参加して来ました。

二面綴りの見開きのチラシを見て心待ちにされていた方も多かったかもしれません。

この「千草の丘」や「伊香保の沼」など、一部の傑作こそよく知られていたものの、全体を通して見る機会はなかなかありませんでした。

今回はそのような松岡映丘の画業を、初期から晩年の作、全90点(スケッチ、画稿20点含む)で紹介しています。このクラスの回顧展は約30年ぶりです。近代日本画好きの私にとっても待ちに待った展覧会でした。

まずは出自に注目です。松岡映丘は1881年、兵庫県にて医者を父とする8人兄弟の末っ子として生まれ、兄に民俗学者の柳田邦男、そして歌人や言語学者らといった、いわゆる学者の一家に育ちました。

そのような家庭環境の中で映丘は、幼少の頃より画才を発揮します。


「武者絵」 1888年頃

最初期の作品として登場するのが7歳の時に描いた武者絵です。もちろんこれは習作ですが、その後8歳で上京、さらには14歳の頃に橋本雅邦へ師事し、本格的に絵の勉強をはじめていきます。

しかしながら映丘は雅邦の画風から離れます。16歳になってからは住吉派の画家、山名貫義の画塾に入門し、以来、古絵巻の模写にはじまるやまと絵の道へと進み出しました。

東京美術学校を首席で卒業した映丘は、いわゆる有職故実の研究に勤しみ、平安時代の絵巻物などの調査にも乗り出します。


右、「みぐしあげ」 1926年 個人蔵

結果、大和絵を近代に残していこうという彼の思いは叶い、まさに展覧会のタイトルの如く復興のトップランナーとしての地位を固めました。

さて一目で見てともかく驚かされるのは、作品における鮮やかな着彩に他なりません。

チラシとしては見事な出来栄えとはいえ、掲載図版と本画の色味は全く異なっています。 もちろんどのような展覧会であれ、図版と作品の印象は違うものですが、今回ほど離れていると感じたこともありませんでした。


「矢表」 1937年 姫路市立美術館

その一例として挙げたいのが「矢表」です。これは平家物語などに登場する屋島の合戦を屏風形式で描いた作品ですが、ともかく甲冑の色、とりわけ黄緑の発色の美しさに目を奪われるのではないでしょうか。

練馬区立美術館では前回展の際、都内の公立美術館ではじめて4色LEDを導入したことでも知られていますが、その照明は総じて色彩の豊かな映丘の作品の魅力をより効果的に引き出していました。

またもう一つ興味深いのは、独特のロマンティシズムです。優美なやまと絵の中でも異彩を放つ、半ば危な絵ともいうべき風情を持つ作品がいくつか存在しています。


左、「伊香保の沼」 1925年 東京藝術大学

代表的なものが「伊香保の沼」です。自然に誘われて自失し、蛇に姿を変えていくという伝説をモチーフとした作品ですが、髪の乱れた女性のやや上目遣いの表情には何とも言い難い妖気を感じるのではないでしょうか。


左、「湯煙」 1928年 個人蔵

また「湯煙」における仄かなエロティシズムも見逃せません。湯気の立ち上る浴室に朧げに浮かびあがる全裸の女性の美しさには見惚れました。

なおこの二作をはじめ、今回の展示には本画の下絵、デッサンもいくつか出ています。それを比較して見るのもまた一興でした。


左、「千草の丘」 1926年

見開きチラシの「千草の丘」は、ほぼ等身大サイズの大きな作品です。 モデルは大正から昭和にかけて活躍した女優、水谷八重子(先代)ですが、この作品が出た時は新聞にも取り上げられるほどの話題となったそうです。

なお映丘は映画の中の水谷八重子、つまりは動くイメージの彼女の姿に惚れ込み、この作品のモデルを頼みました。

芝居、映画好きの映丘は、一言にやまと絵の復興とはいえども、まさに彼の残した言葉、「古典に立脚して時代に生きよ。」のとおり、新しい感覚で絵を描きました。

また武者絵を描く際は自身で鎧を着てポーズをとり、写真を撮ってから絵筆をとっていたそうです。

映丘はそうしたコスプレにはまったというエピソードも残されているそうですが、今回の展示ではお茶目でもあったという画家の新たな姿を知る格好の機会と言えるのかもしれません。

琳派モチーフ、奇しくも先日より千葉市美術館で回顧展の始まった酒井抱一のモチーフを取り入れた作品に目を引かれます。


右、「稚児観音」 1919年 眞誠寺

素描の「秋草」こそ抱一の「夏秋草図屏風」に瓜二つでしたが、「稚児観音」にも夏秋草風の草花の描写が登場しています。 映丘はやまと絵を通して、その系譜にもつらなる琳派、とりわけ叙情性の高い抱一画を吸収していたのかもしれません。

さて関連の講演会の情報です。

特別講演会(事前申込制。締切は10/15。)
「最後のやまと絵師・松岡映丘を応援する」
講師:山下裕二(明治学院大学教授) 日時:11月5日(土曜) 午後2時から 対象:高校生以上 定員:60名


お馴染みの山下先生の「応援シリーズ」の講演会です。熱のこもったお話が聞けるのではないでしょうか。

またテレビ東京系の「美の巨人」でも映丘の番組が放映されます。

松岡映丘「千草の丘」@テレビ東京「美の巨人たち」 10月29日(土)午後10時~

こちらはゲストに水谷八重子さんもご出演されるそうです。是非とも拝見したいと思います。


展示風景

11月23日までの開催です。これはおすすめします。

「生誕130年 松岡映丘 日本の雅 やまと絵復興のトップランナー」 練馬区立美術館
会期:10月9日(日)~11月23日(水・祝)
休館:月曜日、ただし10月10日は開館、翌日休館。
時間:10:00~18:00
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。

注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
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