「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 横浜美術館

横浜美術館
「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 
2019/9/21~2020/1/13



横浜美術館で開催中の「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」の特別鑑賞会に参加してきました。

パリのセーヌ川岸に位置し、印象派とエコール・ド・パリのコレクションで定評のあるオランジュリー美術館の作品が、約21年ぶりにまとまって日本へとやって来ました。

出展数は、同館の所蔵する146点のうちの69点で、モネ、シスレー、セザンヌから、マティス、ピカソ、ドラン、スーティンら13名の画家の絵画が公開されていました。


右:アンドレ・ドラン「ポール・ギヨームの肖像」 1919年
左:アンドレ・ドラン「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」 1928-1929年

さて今回のオランジュリー美術館展ですが、何も漫然とコレクションが並んでいるわけではありませんでした。と言うのも、2人の人物、すなわちオランジュリー美術館の基礎を築き、コレクターでかつ画商でもあった、ポール・ギヨームとドメニカ夫人にスポットを当てて作品を紹介しているからでした。


アメデオ・モディリアーニ「新しき水先案内人ポール・ギヨームの肖像」 1915年

1891年、パリの一般的な家庭に生まれたポール・ギヨームは、自動車工場で働いていた20歳の頃、ゴムの積荷ともに輸入されたアフリカの彫刻と出会いました。それに惹かれたのか工場の窓に飾っていると、詩人アポリネールの目に留まり、彼を介してパリの若手芸術家と交流するようになりました。当時のパリでは、前衛的な芸術家がアフリカの彫刻に強い関心を寄せていて、ギヨームもアフリカ彫刻の仲買人をしては、フランスで初の写真集「ニグロ彫刻」を刊行するなどして活動しました。


ポール・ギヨームの邸宅(フォッシュ通り22番地、1930年頃):ポール・ギヨームの書斎 当時の写真や資料に基づく再現模型(1/50) オランジュリー美術館

そして1914年、23歳でアフリカ美術と同時代の美術を扱う画廊を開設すると、モディリアーニやスーティンら、まだ評価を得ていなかった画家を支援してコレクションを重ねました。さらに1927年には自らのコレクションを公開する「邸宅美術館」を構想するものの、42歳にて亡くなったため、生前の公開には至りませんでした。結果的にコレクションを引き継いだのは、後に有名な建築家であるジャン・ヴァルテルと再婚した、妻のドメニカ(本名:ジュリエット・ラカーズ)でした。


マリー・ローランサン「ポール・ギヨーム夫人の肖像」 1924-1928年頃

ブルジョワ的な嗜好を好んでいたドメニカは、前衛的な作品を売却する一方で、より古典的な作風の絵画をコレクションに加えました。そしてヴァルテルを事故で亡くし、暗殺未遂の訴訟問題というスキャンダラスな話題で世の注目を集めるも、1950年代以降、ヴァルテルとギヨームの名を冠することを条件に、コレクションを国家へ売却しました。結果的にオランジュリー美術館でのコレクションの常設展示が始まったのは、ドメニカの没してから約7年経った、1984年のことでした。


オーギュスト・ルノワール「桟敷席の花束」 1878-1880年頃

タイトルに掲げられたルノワールは8点出展されていました。中でも目を引くのは「ピアノを弾く女性たち」で、印象派の画家として、初めて政府から美術館へ収蔵するために制作を依頼された作品の1枚でした。実のところルノワールは、ピアノの練習をテーマにした同様の構図を、油彩とパステルにて計6点ほど描き、うち1枚が買い上げられました。現在はオルセー美術館へと収められています。


オーギュスト・ルノワール「ピアノを弾く少女たち」 1892年頃

オランジュリーの「ピアノを弾く女性たち」は、最初に描かれたスケッチ的な性格を伴っていて、手前のピアノを弾く女性に焦点が当てられる一方、背景に具体的な描写はなく、色面のみを筆で広げるように簡略化して表現していました。少し離れて眺めると、鍵盤の上の手や椅子、そして譜面を読みつつピアノに向かう女性の表情へ、ぴたりとピントが合うような印象を与えられるかもしれません。


アンリ・マティス「赤いキュロットのオダリスク」 1924-1925年頃

マティスにも優品が多かったのではないでしょうか。「赤いキュロットのオダリスク」は、画家の代名詞ともいえる赤色のキュロットを履き、ソファに横たわる女性を描いていて、背景の花柄の華やかなパネルを色鮮やかに表していました。ギヨームも1918年に画廊で「マティスとピカソの作品展」を開催して作品を購入するも、ギヨームの死後、妻のドメニカは1910年代の大型の作品を手放し、このような装飾性の強い「ニースの時代」と呼ばれる作品のみを手元に残しました。


右:パブロ・ピカソ「布をまとう裸婦」1921-1923年頃
左:パブロ・ピカソ「大きな静物画」 1917-1918年

この他、ルソーやピカソにも見入る作品が多い中、ハイライトはドランとスーティンにあるとしても過言ではありません。実際にドランは出展画家のうち最多の13点、またスーティンは8点出ていて、ゆうに2名の画家にて作品総数の3割以上を占めていました。私もこれほどまとまった数でドランとスーティンを見たのは初めてでした。


アンドレ・ドラン「アルルカンとピエロ」 1924年頃

ドランの「アルルカンとピエロ」は、ギヨームから注文を受けて描いた作品で、ギターを持ちながら、楽しげと言うよりも、不思議と真面目な表情を浮かべた二人の人物を表していました。ピエロのモデルはギヨーム本人とも指摘されていて、夫妻にとって重要な作品でもあったのか、ギヨーム邸の居間の中央に飾られていたそうです。ギヨームは亡くなるまでドランと信頼関係にあり、数十点の作品を所有していた上、ドメニカもドランを評価しては、計28点の作品を手元に残しました。

スーティンはギヨームが早い段階から関心を持った画家の1人で、現在もオランジュリー美術館にあるスーテインの作品群が、ヨーロッパの「最も充実した」(解説より)コレクションとして知られています。


シャイム・スーティン「牛肉と仔牛の頭」 1925年頃

そのスーティンでは「牛肉と仔牛の頭」が並々ならぬ迫力を見せていました。牛の大きな肉塊と頭部がフックにぶら下がる光景を捉えていて、さも血のように赤く、ねっとりと塗られた絵具の質感から、生々しい肉の感触が伝わってきました。スーティンは牛の屠畜体に関心を寄せていて、本作を制作した1925年には、約10点も同様のテーマの作品を描きました。


シャイム・スーティン「七面鳥」 1925年頃

さらに同じく赤を基調としつつも、朽ちては腐乱していく様子を描いたような「グラジオラス」や、鳥が断末魔の叫びを上げて身悶えするかのような「七面鳥」なども、スーティンならではの絵具の熱気を感じられる作品ではないでしょうか。一目見て頭に焼き付くほどに鮮烈な印象を与えられました。


シャイム・スーティン「白い家」 1918年頃(あるいは1933年?)

またおそらく南仏のカーニュか、スペイン国境近くの町を描いたとされる「白い家」は、もはや地面が波打ち、世界がねじれていき、色彩の中に崩壊していくかのようでした。一見、温かみのある色彩でまとめられつつも、破滅的な風景とさえ言えるかもしれません。


正面:アンドレ・ドラン「長い椅子の裸婦」 1929-1930年
左手前:アンドレ・ドラン「アルルカンとピエロ」 1924年頃

オランジュリーのコレクションゆえに、事前に質の高い内容であることは想像していましたが、これほどエコール・ド・パリの画家の作品が充実しているとは思いませんでした。最後にドランとスーティンの展示室に入って、思わず興奮してしまったことを付け加えておきます。


右:アンドレ・ドラン「ポール・ギヨームの肖像」 1919年
左:アンドレ・ドラン「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」 1928-1929年

どちらかと言えば土日の朝方に混み合う傾向があるそうです。一方で、金曜と土曜の夜間は大変に余裕があるとのことでした。


オランジュリー美術館では所蔵作品の大半が常設展示されていることから、作品が館外にまとめて公開されるのは珍しいそうです。今回は美術館の改修工事に伴って、来日が実現しました。

横浜美術館のみの単独の開催です。巡回はありません。2020年1月13日まで開催されています。

「横浜美術館開館30周年記念 オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」@Renoir_12) 横浜美術館@yokobi_tweet
会期:2019年9月21日(土)~2020年1月13日(月・祝)
休館:木曜日。但し12月26日は開館。年末年始(12月28日~1月2日)。
時間:10:00~18:00
 *会期中の金曜・土曜は20時まで。
 *但し1月10日~12日は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1700(1600)円、大学・高校生1200(1100)円、中学生700(600)円、小学生以下無料、65歳以上の当日料金は1600円(要証明書、美術館券売所でのみ発売)
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
交通:みなとみらい線みなとみらい駅3番出口から徒歩3分。JR線、横浜市営地下鉄線桜木町駅より「動く歩道」を利用、徒歩約10分。

注)写真は特別鑑賞会の際に主催者の許可を得て撮影しました。絵画作品は全て「オランジュリー美術館 ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )