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『古刹を巡る』その34。今回は伝通院を訪問。伝通院は電車で行くならば後楽園駅か春日駅で降りて冨坂を10分かけて登るか、茗荷谷駅から20分歩くしかないが、バスならば『伝通院前』から3分で到着。
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今回はやはりバスで行く。実は小生は隣のバス停まで毎日バスで通学していたが、お寺に参拝するのは今回が初めてである。
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伝通院は正式な名前は無量山伝通院寿経寺という浄土宗の寺院で室町時代(1405年)の開山だが、その名前が知れたのは徳川家康の母・於大の方を1603年に埋葬し、その法名を取って『伝通院』にしてからである。
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江戸時代は600石の寺領が与えられ、増上寺・寛永寺と並び江戸の三霊山と呼ばれた。また、幕末には塔頭の一つである処静院で新撰組の前身の浪士組が結成された。
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伝通院は春日通りから少し参道を歩いていくが、その奥には威風堂々とした山門があり、中に入ると左側に小さな墓と観音像、さらに鐘楼があり、本堂に続く。本堂にはいくつもの仏像が並んでいるが、あまりお参りをする人はいない。本堂の周りを歩くと左側とさらに奥に墓所が広がる。
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墓所には於大の方を始め、千姫など有名な徳川家の女性と幼くして亡くなった子供たちが眠っているが、驚くのはその墓石の大きさ。
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徳川家の威信を表しているのかも知れない。これだけ立派な寺のそばに通学していたのにもっと早く参拝すればとやや後悔した。
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なお、7月18日、19日は参道で朝顔・ほうずき市が開催され(朝顔が伝通院、ほうずきは源覚寺)、その提灯が並んでいた。
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