ソニーコンピュータエンタテインメントから発売しているPS2用の『ワンダと巨像』というゲームをやっています。
今月の初めに『ICO』というゲームをやって面白かったので、ソニーの同じチームが製作したということで買いました。『ICO』が城から脱出するだけだったのと同様、『ワンダと巨像』は『巨像』を倒すだけのゲームなんですが、『ICO』の世界観が継続していて、その意味でも楽しめます。買った価値はありました。
やってみる前までは『巨像』を『巨象』と勘違いしていまして、しかも一体の象とずうっと戦うゲームなのかと思っていましたが、そんな筈はなく、いろいろな『巨像』が出ていて、それぞれに特徴や弱点があり、それを考えながら死なないように戦っていくゲームでした。操作性や視点移動が若干難しい点がありますが、『ICO』同様に主人公が驚異的な瞬発力と持久力、耐衝撃性を持っていて相当無理が利くところが、操作性その他の難点を補い、全体としてバランスが取れています。『ICO』並みの評価をしていいと思います。
さて、『ICO』並びに『ワンダと巨像』の世界観ですが、時代は武器が剣と弓、乗り物は馬という時代ですね。言葉を喋っているので原始ではありませんが、近代でもないというところです。
『ICO』の場合は、13歳になったある日突然頭に角が生えた少年ICOが、共同体の掟によって生贄として捧げられて、ずらっと並んだ箱のひとつに押し込まれますが、折から起こった地震によって、箱から放り出され、そこで見つけた白い少女とともに懸命に城を脱出しようとする物語で、仮に脱出できたとしても元の共同体には戻れないわけで、それでも生きていくために出口を求めてさまよいます。
『ワンダと巨像』は、理由はわかりませんが主人公ワンダは、ある死んだ娘さんに蘇ってほしくて、娘さんの遺体を持ち出し、死者を蘇らせる力を持つという魔物が封印された、訪れてはならない土地を訪れ、魔物の言うがままに、ひとつひとつ巨像を倒し、封印を解いていきます。封印を解き終えたあとの自分の運命や、もし蘇らせることができたときの娘さんのその後がどうなるのか、ワンダにはわかりません。とにかく巨像を破壊していくのです。『ICO』と同じようにやはり共同体からの離脱、共同体の掟と主人公との関係が、物語を進めるダイナミズムになっています。
人間は悲しい生き物なんだ、人類はどうにも救いのない存在なんだ、という自明の理を自明であるが故にあえて主人公の意識にのぼらせたり言葉で表現したりすることなく、無理なハッピーエンドもなしで、ただ主人公が懸命に生きるしかない姿をみせることで、より物悲しさを浮き立せています。しかしゲームをすることで、その物悲しい内容とは逆に、晴れやかな気持になるのは、かのアリストテレスの理論の正しさを証明するようでもあります。
『ICO』にはなかったクリア特典などがたくさん用意されていて、長く遊べるようになっているのも好感が持てます。プレイステーションのソフトとしては最も優れたゲームのひとつでしょう。
今月の初めに『ICO』というゲームをやって面白かったので、ソニーの同じチームが製作したということで買いました。『ICO』が城から脱出するだけだったのと同様、『ワンダと巨像』は『巨像』を倒すだけのゲームなんですが、『ICO』の世界観が継続していて、その意味でも楽しめます。買った価値はありました。
やってみる前までは『巨像』を『巨象』と勘違いしていまして、しかも一体の象とずうっと戦うゲームなのかと思っていましたが、そんな筈はなく、いろいろな『巨像』が出ていて、それぞれに特徴や弱点があり、それを考えながら死なないように戦っていくゲームでした。操作性や視点移動が若干難しい点がありますが、『ICO』同様に主人公が驚異的な瞬発力と持久力、耐衝撃性を持っていて相当無理が利くところが、操作性その他の難点を補い、全体としてバランスが取れています。『ICO』並みの評価をしていいと思います。
さて、『ICO』並びに『ワンダと巨像』の世界観ですが、時代は武器が剣と弓、乗り物は馬という時代ですね。言葉を喋っているので原始ではありませんが、近代でもないというところです。
『ICO』の場合は、13歳になったある日突然頭に角が生えた少年ICOが、共同体の掟によって生贄として捧げられて、ずらっと並んだ箱のひとつに押し込まれますが、折から起こった地震によって、箱から放り出され、そこで見つけた白い少女とともに懸命に城を脱出しようとする物語で、仮に脱出できたとしても元の共同体には戻れないわけで、それでも生きていくために出口を求めてさまよいます。
『ワンダと巨像』は、理由はわかりませんが主人公ワンダは、ある死んだ娘さんに蘇ってほしくて、娘さんの遺体を持ち出し、死者を蘇らせる力を持つという魔物が封印された、訪れてはならない土地を訪れ、魔物の言うがままに、ひとつひとつ巨像を倒し、封印を解いていきます。封印を解き終えたあとの自分の運命や、もし蘇らせることができたときの娘さんのその後がどうなるのか、ワンダにはわかりません。とにかく巨像を破壊していくのです。『ICO』と同じようにやはり共同体からの離脱、共同体の掟と主人公との関係が、物語を進めるダイナミズムになっています。
人間は悲しい生き物なんだ、人類はどうにも救いのない存在なんだ、という自明の理を自明であるが故にあえて主人公の意識にのぼらせたり言葉で表現したりすることなく、無理なハッピーエンドもなしで、ただ主人公が懸命に生きるしかない姿をみせることで、より物悲しさを浮き立せています。しかしゲームをすることで、その物悲しい内容とは逆に、晴れやかな気持になるのは、かのアリストテレスの理論の正しさを証明するようでもあります。
『ICO』にはなかったクリア特典などがたくさん用意されていて、長く遊べるようになっているのも好感が持てます。プレイステーションのソフトとしては最も優れたゲームのひとつでしょう。