三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「向田理髪店」

2022年10月17日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「向田理髪店」を観た。
 
「好きなように生きろ」
 高橋克実が演じる向田理髪店の店主、向田康彦は息子の和昌に言う。夫婦は似ると言うが、妻の恭子もどうやら同じ考えらしい。
 好きなように生きるのがどれだけ大変かは、若い頃の自分を思い起こすたびに実感する。息子には苦労してほしくないが、挑戦してほしいとも思う。どちらも親心だ。
 
 映画のロケ地は大牟田市である。大牟田市にはかつて三池炭鉱があり、日本の高度成長をエネルギーで支えてきた。現在は閉山したが、作品に登場する宮原坑の跡地は、国の重要文化財であり、世界遺産にも登録されている。撮影には国の許可が必要だった筈で、それはクレジットで確認できた。
 ロケ地は大牟田市だが、町の名前は筑沢町となっている。炭坑が閉山して坑夫や会社がいなくなり、過疎が進んでいる町だ。娯楽はあまりなく、飲んで歌ってウサを晴らすか、噂話で盛り上がるくらいである。
 
 康彦は、息子が帰ってきて、嬉しくもあるが、悲観的な部分もある。町は確実に衰退していて、上向く気がしない。自分が歳を取って、町と一緒にくたばるのはいいが、息子には違うところで花を咲かせてほしい気がする。自分は若い頃挑戦し、そして負けた。筑沢に帰ってきたのはいいが、もはや余生でしかない。負け犬だ。
 しかし息子はそう考えていないようだ。人間は人それぞれ。どんな生き方でも、人様に迷惑をかける生き方でなければ、否定されるべきではない。人生に勝ちも負けもない。
 
 康彦の時代は、成功とは金持ちになることだった。故郷に錦を飾るとはそういうことだ。しかし息子の価値観は違う。金持ちになることよりも、充実した時間を過ごすことのほうが、和昌にとっては大事なようだ。町が衰退するとか、関係ない。自分がどう生きるかが大事なのだ。
 息子の決心に触れることで、康彦の表情に明るさが戻ってくる。このあたりの高橋克実の表情が上手い。堂々たる主役ぶりである。ちなみに富田靖子の脇役の演技はもはや名人級。
 
 肩の力が抜けた、いい作品だった。