映画「銀河鉄道の父」を観た。
「お父さんのことを書いたのス」宮澤賢治のそんな本心が聞こえてくるようだ。役所広司の演じる政次郎が力強く諳んじる「雨ニモマケズ」には、モデルとされている人物もいるが、本作を見る限り、偉大な父のことを詠んだのではないかと思われる。
宮澤政次郎という人物のことは宮澤賢治の父であること以外知らなかったが、本作品では愚痴も悪口も言わず、貧しい人のために役に立とうとする出来た人で、否定的な発言の多い賢治とは対照的だ。有名ではないが、偉大な人物であったことは間違いない。
吉本隆明の著作の中で、宮沢賢治が書いたかなり理屈っぽい文章が紹介されていて、物静かな思索家タイプの人だという印象だったが、本作品を観てかなり驚いた。こんな息子だったとすれば、政次郎くらい懐の深い人物でなければ、宮沢賢治は自由な創作が出来なかったかもしれない。宮沢賢治を世に出しただけでも、政次郎は偉大な人だ。演じた役所広司はさすがの安定感である。
菅田将暉は、生きるのに迷い、拠り所を求めて彷徨う賢治を上手に演じた。こちらも見事だ。森七菜のトシもよかった。「あめゆじゅとてちてけんじゃ・・・」で有名な「永訣の朝」は知っていたが、妹の人となりは知らなかった。本作品のトシが実在の人物と似ているかどうかは別にして、妹の存在が賢治に力を与えたことは確かだ。ちなみに田中裕子が主演した映画「おらおらでひとりいぐも」のタイトルは、同じ詩の一節「Ora Orade Shitori Egumo」と同じだ。
本作品は家族愛の作品ではあるが、彷徨い続ける賢治のお蔭で一筋縄ではいかないダイナミックな家族関係になっている。家族のみんなに共通しているのは、互いを大切にしていることである。詩でも童話でも、賢治の作品にそこはかとない人間愛が感じられるのは、家族からこんなに愛されていたからなのだと、深く納得したのであった。