〇『大江大河之歳月如歌』全34集(東陽正午陽光影視、2024年)
2018年公開の第1部、2021年公開の第2部に続く第3部。おそらくこれが完結編になるのだろう。1993年、宋運輝は東海化工を追われ、彭陽という田舎の農薬工場勤務を命じられる。新しい同僚たちからは暖かく迎えられるが、工場の経営は振るわず、やがて停業命令が下る(国営なので政府から)。東海化工に呼び戻されかけた宋運輝は、別れ際に中年女性の技術者・曹工から託された資料に目を通すうち、彭陽工場を救う希望を見出して戻ってくる。それは、竹胺という物質を用いた新しい安全な農薬を製造することだった。最終的に、屋外の農地で使用する農薬としては成功できなかったものの、家庭用の殺虫剤として製造ラインに乗せる見通しが立ち、彭陽工場は存続を認められる。
この竹胺プロジェクトの段は「プロジェクトX」風味もあり、見ていて胸が熱くなった。彭陽工場の副工場長・老王(黄覚)とその下の優秀な女性技術者・曹工(劉丹)、曹工を支える夫の老斉(寧文彤)は、おなじみの名優さん揃いだった。
個人経営者の道を歩む楊巡は、梁思申を事業協力者として、東海市に新たな商業施設を建設しようと奮闘するが、二重帳簿を用いていたことが梁思申に見つかり、協力関係は破綻。失恋の打撃で荒れる楊巡だが、少しずつ事業への意欲を取り戻していく。その楊巡を、データ処理と的確な提案で助けるのが経理担当の女性職員・任遐迩(xia er 読めなかった)。彼女の能力と人柄に惚れ込んだ楊巡は猛烈なアタックをかけるが、地道な生き方を望む任遐迩は戸惑うばかり。それでも最後は幸せいっぱいの結婚式を挙げる。やったね! 饅頭(マントウ)売りの少年時代を思い出して、親戚のおばちゃん気分で感涙にひたった。楊巡は、亡き両親に代わって弟や妹の成長を助け、家長の役割も立派に果たしていくことになる。
梁思申は、東海化工に戻った宋運輝に自分の気持ちを打ち明け、宋運輝も彼女を受け入れる。梁思申の両親に育ちの違いを心配されたり、梁思申が仕事の関係で一時アメリカに帰国したり、事件はいろいろ起きるが、賢い二人は着実に新しい道を歩み始める。
そして雷東宝は、電線を製造販売する雷霆工場を郷鎮企業として立ち上げ、広州交易会に潜り込んで海外に販路を拡大し、股份有限公司(株式会社)に成長させる。雷総(雷社長)と呼ばれ、つきあいで高級酒を飲み歩き、高価な外車を乗り回すようになり、最初の妻・宋萍萍の面影のある若い女性秘書・小馮に手を出して妊娠させる。実は、現在の妻・韋春紅が子供を産めない身体であると分かった後の話で、いったんは妻を労わる態度を見せていたのに解せない。どうしても自分の子供がほしい、と春紅に懇願するのだが、この気持ちは中国人的に「分かる」んだろうか。夫の不実が許せない春紅は、子飼いのチンピラたちに小馮のマンションを襲撃させる(うわなり打ち?)。その結果、小馮は赤ん坊を置いて姿を消してしまい、東宝は赤子の小宝を連れて春紅と元の鞘に収まる。
それでも雷東宝は、郷里の小雷家村の人々には、冠婚葬祭のお祝い金や老人の生活手当を欠かさなかった。しかし1997年、アジア通貨危機の影響が中国にも及ぶ。雷東宝は、小雷家村の福利厚生よりも雷霆工場の資金繰りを優先し、工場の成長を継続することが、最後には小雷家村の利益になると主張するが、村人たちの怒りは爆発する。抗議に押し寄せた村人たちに囲まれた雷東宝は地面に昏倒する。中風(脳卒中)だった。
その後の雷東宝は、意識は戻ったものの、言語障害、運動障害を発症して社会復帰は不可能となる。雷霆工場の事業は整理され、小雷家村の老朋友でもある史紅偉たちが分担して引き継ぐことになった。小雷家村への福利厚生は停止(事実上の廃止)。韋春紅は、かつて楊巡が育った家屋を譲り受け、介護が必要な東宝と赤子の小宝を連れて移り住む。たぶん東宝の老母の生活も彼女が支えなければならないので、韋春紅、それでいいのか?と思ったが、どこかで「私は古い女だから」と言っていたように、これが彼女の選んだ幸せなのかもしれない。このドラマは、前に進む、成功を勝ち取る人間だけを称揚するものではないのだ。
雷霆工場の破綻の直前、現下の経済状況を全く理解できていない雷東宝を、義理の弟である宋運輝が厳しく諫める場面があるのだが、「你的文化程度、学習能力」ではこの問題に追いつけない、という物言いが、率直すぎて胸に刺さった。ふと、ドラマ『覚醒年代』で陳独秀が言っていた「現在の保守派は過去の進歩派、現在の革新派も未来には保守派となる」が頭に浮かんだりもした。雷東宝役の楊爍さんは、この結末を知っていてこの役を引き受けたのかなあ。スタイルもよく紳士服モデルもできるイケおじ系の俳優さんなのに、最後はよだれかけをされて介護される姿が凄絶だった。
ラストシーンは、雷東宝の発病から半年後くらいだろうか。韋春紅と雷東宝のもとに、楊巡夫妻、宋運輝夫妻が訪ねてくる。幼い子供たちも交えた和やかな食卓。楊巡が「敬生命、敬生活、敬我們的這箇時代」(生命に、生活に、我々のこの時代に)と乾杯を促す。第3部のエンディング曲『敬敬』につながり、かつ映像的には第1部の冒頭がよみがえる演出に涙。ほんとによい大河ドラマを見せてもらった。
ただ、第3部は(当局の方針である話数制限に応えるため)かなり削られた部分があるらしいのは勿体なかった。私が好きだった登場人物のひとり尋建祥は、最終話に「我媳婦(うちの嫁)」というセリフがあるのだが、そこはドラマの中で見たかった。