〇『県委大院』全24集(正午陽光、2022年)
大好きな正午陽光の制作だが、今回はちょっと期待外れだった。ドラマは、2015年(中国では、十九大=中国共産党第十九次全国代表大会の前と表現する)から始まる。主人公の梅暁歌(胡歌)は光明県の県長に着任することになった。日本ふうに県長と書いてみたが、中国の地方行政のトップは、その行政単位に置かれた共産党組織のトップ(書記)であるらしい。劇中で主人公は「梅書記」と呼ばれている。一方、主人公の片腕をつとめる女性の副書記・艾鮮枝は艾県長と呼ばれていた(ややこしい)。
光明県は、北岳省新州市の一部という設定なので、北岳恒山のある山西省をイメージしながら見ていた。県庁のある中心地はそこそこ都会だが、貧しい山間部や農村部も抱えている。隣りの九原県が積極的に投資家を呼び込み、成功しているのに比べると、財政的には豊かといえない。
このような状況で、梅書記と県庁(県委員会)の人々は、さまざまな問題に直面しながら、それを乗り越えていく。再開発地区で立ち退きを拒否して居座る家族を説得し、先祖の墳墓の移転をしぶる人々に理解を求め、病院の退職金不払い問題を解決し、過去の統計の粉飾を是正し、省の視察団を無理やり足止めして光明県の乳牛飼育基地を見てもらい、予算獲得につなげたり…。その乳牛飼育基地で乳牛の偽装が発覚し、SNSで炎上したときは、誠実な対応で逆に光明県の評判を高めたりする。
ライバル九原県の曹書記(梅暁歌の学生時代からの友人という設定)が、違法すれすれの「剛腕」で、省の予算や企業家の投資を攫っていくのに比べると、光明県のやりかたは穏やかだが、彼らも必死である。予算獲得のため、礼儀正しく愛嬌をふりまきながら戦う姿を見ていると、あ~公務員の仕事は、どこの国でも変わらないなあとしみじみ思った。
本作のもうひとりの主人公は、梅書記の着任と同時に県庁に就職した若者・林志為で、次第に仕事を覚え、上司に認められていく。彼の仕事が、基本的に資料を読み、資料を作成する(幹部が話す原稿を幹部に代わって書く→上司に添削されながら書き方を覚える)ことなのも、日本の事務職と同じだと思った。
ドラマの後半では、この林志為くんが希望して赴任した、鹿泉郷長岭村という農村が主な舞台になる。経験豊かな村主任のおじさん・三宝と組んで、村の行政に携わることになるが、書類仕事から一転し、村民の日常生活のあらゆるサポートが任務になる。まずは注がれた酒を飲まないと相手にされないとか、都会と田舎の習慣の違いに戸惑う林志為くんが面白い。
その後、長岭村では村民の体調不良が続発する。林志為は、調査の結果、九原県の鉱産企業の汚染排水が原因であることを突き止め、村民を原告とする訴訟を起こす。第一審は根拠不足で敗訴したが、第二審では賠償を勝ち取ることができた。梅書記は、光明県の農業の健全な発展のため、蔬菜大棚(ビニールハウス?)と大規模化農業を成功させた蒋新民に教えを請い、企業家の鄭三に投資を約束させる。そして、役割を終え、任期を全うした梅書記は、静かに光明県を去り、妻の喬麦の待つ家庭に帰っていく。
中国の地方行政(基層行政)の仕組みについて知るには、なかなかいい教材だと思うが、ドラマとしては、エピソードを盛り込み過ぎで、全て簡単に解決してしまうので深みに欠ける。魅力ある敵キャラもいない。汚染企業が、新州市の馬市長とつながっていると分かったときは、ドロドロした政治闘争になるのかな?と思ったが、馬市長はあっさり消えてしまった。中国では要人が姿を見せなくなると、人々はその失脚を悟るようだ。
制作元の正午陽光公司は、共産党のプロパガンダドラマでも、必ず面白い作品に仕上げてきたのだが、今回の失敗は気になる。変に制約が厳しくなっていなければいいのだけれど。なお、本作は、中国ドラマ好きにはおなじみの名優さんがあちこちに出演しているので、それを探すのは楽しかった。