kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

引き続き日誌について

2013-11-06 | 陸上競技
日誌についてもう少し触れておきたいと思います。

水曜日、日誌の提出がありました。昨日の今日ですから当然だと思います。全員がきちんと提出していたのですが問題は出す事ではなくその中身だと思っています。あれだけ言って提出が遅れたりというのは問題外ですが、私がどのような気持ちで話をしたのかが伝わっているかどうかが一番重要だと考えています。

残念ながら注意をした選手たちはその日の練習について書いていました。日誌は自分のために書くと話をしています。感じた事を書くようにと前日に話をしていますから文章はいつもよりも長くなっていました。何度も書いていますが長く書けば良いというわけではないと思っています。その中身で本当に心が動くかどうかという部分が大事なのです。

が、話をした日誌の提出が不十分だったり、他人任せになっていた自分の行動の見直しが出来ていませんでした。ここに選手の取り組みの姿勢が伺えます。甘いですね。前日に話をしていたにも関わらず話をした内容については触れる事が出来ず自分の練習についてだけ書いていました。このような状態が続けばどれだけ練習をしてと効果は上がらないと思います。

部員のうち2人だけは私が話している内容について書いていました。なぜ日誌提出が遅れたのかの原因分析をしていました。また、一年生が提出できなかったのは自分たちの指導が足りなかったのだという反省でした。こういう現実が直視できて初めて今後の行動を考える事ができます。

実は前日の話の中で「どれだけ力がある選手であっても約束事が守れないのであれば指導はできない」と伝えていました。インターハイに届く可能性があるからと言って特別扱いをするのは私の指導スタイルとは違うと思っています。他の選手に示しがつきません。強ければ何をしても良いという話にはならないと考えています。

そこまで話をしていましたからこの問題点について考える必要があったのでしょう。別に私の指導を受けなくても自分たちでも練習はできます。細かい事をあれこれ言われるよりは自分達で勝手にやれば楽しくできます。強くなるかどうかは別です。考えるという事はやはりきちんとした指導を受けて強くなりたいんだという現れだと認識しました。

しかし、上級生の中で今回の事について全く触れる事ができないものが一人いました。残念な話ですがここに大きな走りを差が生まれます。強くなりたいと口にしてもそれに見合う行動や考え方ができない。上級生が問題点を問題点だと捉えなければ下級生は絶対に育ちません。下級生はまだ分からない部分があるかもしれません。しかし、上級生は一年以上指導を受けていますし、同じような出来事を見て来たはずです。それでも日誌には「自分の事だけ」しか書けない。自分の練習がどうだったのかを書くよりももっともっと大切な事があると思います。

日誌に前日のことが全く書けない。一年生と二年生では全く意味が違うと思います。前日に話をしていますから二年生に関しては練習をする資格はないと判断しました。結局はこういう部分が取り組みに出て来ると思っています。同じことをこれまでも繰り返して来ていました。練習をせずに練習の手伝いをして周りに目を配る事を最優先にしました。これまでも何度を指摘してきたことですがこの段階で伝わらないというのは今後の事を考えると厳しいですから。

客観的に見ていてこれでもまだ不十分だなと感じました。なかなか自分がやらなければいけない事が見えません。詳しくは書きませんがまだ時間がかかるかもしれません。競技力だけが全てではない。競技力でチームに貢献できないのであればそれ以外の部分で貢献しなければいけない。逆に足を引っ張ってしまうのであればやはり今後の事を考えなければいけないと思います。

前キャプテンを呼び練習中に話をさせました。私が話をするよりも伝わるのではないかという判断です。昨年も同じような状態があってチーム内は大きく混乱しました。それと同じような雰囲気を感じています。「自分は頑張っている」という所から抜け出せず、本当に必要な事ができない。成長してくれなければチームとしては前に進めません。一緒に練習をするのであればそこを理解しなければいけません。何をして良いのか分からないという部分もあるかもしれません。ここは成長していかなければいけない部分です。

見ていると出来ない事が多いなというのと周囲に気を配る部分が不足しているなという所があります。変わろうと思って行動しなければ何も変わりません。私も直接話をしましたが、どこまでも伝わるか?今後の様子を見て行きたいと思います。

競技も大切ですがもっともっと大切な事がある。これから先の事を考えてきちんと指導をしていかなければいけないと思います。

内容が不適切ならまた削除します。最近は細かい事を書かずとも色々と言われる事もあるので。何を思いこの記事を書いているかを感じ取ってもらえたらと思います。批判のために書いているのか、感じ取ってもらいたいと思って書いているのか。伝わるでしょうか。
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約束事

2013-11-06 | 陸上競技
火曜日、朝はかなり寒かったですね。かなり寒暖の差が激しくなってきました。体調不良者もポツポツ出始めています。2学期も中盤を越え少し気が緩む時期なのかもしれません。最後までしっかりとやっていってもらいたいですね。

朝練では補強。地味ですがBOXを使った補強を行っています。時間をかけて身体づくりをしていきたいと考えています。めちゃくちゃ追い込むという感じではないですが股関節周辺や重心移動を意識したトレーニングを行うようにしています。選手はかなり汗をかいていました。運動負荷的には高いのかもしれません。30分という限られた時間の中で何をするかというのは大きい。やるだけの練習になるというのは絶対に避けなければいけません。

この日、練習日誌の提出がバラバラでした。男子は一人一人が私の所に持ってくる。効率がかなり悪いですね。誰かが代表して持って来ればそれで終わり。職員室に何人も入ってくるというのは良いことではありません。また、日誌の提出が遅い。2時間目終了後にまだ持ってこないのでかなり頭に来ていました。気が付くと机の上にポンと置いてある。全く気づきませんでした。私は目に見えるところにいたはずです。確かに仕事の打ち合わせをしている部分はありましたが明らかにこっそり持ってきてこっそり置いて行ったという感じがしました。更に数人未提出の者が・・・。何をやっているのでしょうか。

放課後、練習前に話をすることに。このような状態を許していたらすべてのことがなし崩し的に許されるような雰囲気になります。予想されるのがこの日は朝練が終わるのがいつもよりも数分遅かったこと。このため慌てて行動してしまいいつもと同じ行動がとれなかった可能性はあります。男子がバラバラに持ってきたのはここが原因ではないかと考えています。日誌の提出が遅いというのは「信頼関係」が崩れる原因となります。かなりの確率で書いていなかったのでそれまでの時間に書いたのではないかと考えられるからです。こういう日誌は適当になりますし、中身が全くといってありません。「書け」と言われているから書く。そのレベルなら書く必要性はないと感じます。

また、未提出の者。書いてはいたが出さなかった。これも全く意味がありません。いつもは他の者が提出してくれる。集める係の者に出せなかったからそのままにしていた。「人任せ」というのが明らかです。基本的に練習等は「自分のために行うもの」です。日誌も自分のために書くもの。集める係に出せなかったから終わりではなく自己責任で提出すれば良いだけの話です。自分の責任を放棄しているとうだけ。大問題だと思います。

競技レベルに関係ない。約束事を守れないような選手の集まりでは指導していても面白くありません。「顧問なのだから指導するのが当たり前」「公務員のくせに何を偉そうなことを言っているのか」と批判されるでしょうか。では、全国的に見て部活動に多くの時間を費やしている子教員がどれだけいるのか?最低限のことだけをやれば本来であれば問題はないのです。それ以上のことをやるというのは「自主的活動」です。その自主的活動を「嫌々やる」のであればこれほど辛いことはないと思います。この段階でストレスを感じるというのはおかしい。

選手が強くなりたいから練習をする。その練習に参加するための最低条件が「練習日誌」です。ここが毎日書けるかどうかが条件なのです。選手によっては「嫌だけど書く」という者もいるでしょう。怒られるから仕方なく書く。このような選手は結局競技力も向上しません。これは今までの指導の中で「100%」と言い切れるレベルです。

無理難題を求めていてそれができないから云々と言っているわけではありません。「当たり前のこと」を求めていてそれができないから指導をしているのです。

選手が本当に強くなるときは「心」の部分が大きく変わります。それが一番現れやすいのは練習日誌だと思っています。この話も何度もしてきました。本当に強くなりたいという想いがある選手は日誌に「心の動き」が書かれます。何をやったか、何ができなかったかではなく「目標」や「想い」が入ってきます。形だけの言葉というのは見ていて分かります。全く意味はありません。そこを振り返るのが練習日誌の意味だと思います。

ここまで話をしても伝わらない者がいるかもしれません。私にも色々と考えがあります。それくらいの「権利」は公僕であっても許されるはずです。このようなことが次回もあれば・・・。本気で考えたいと思います。
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