さっき記事を書いていて思ったことを少し。
ここ最近、エネルギーが尽きかける事があると多々感じる事があります。色々な事をやらなければいけなくて、それでも練習に顔を出す。指導をするという部分があります。陸上だけに専念する事が出来ないのは当然です。なかなか思う事が多い。
「いかにして楽をするか?」を選手が考える。この事に関して「あんたには分からんだろうね」と何度か師匠に言われた事があります。私は基本的に「練習をするのが当たり前」と考えています。ほかの事よりも練習をするという感覚が強くあります。そうやって長い間競技をしてきました。それほど才能に恵まれていない私が全国大会を経験できるまでになったのは間違いなく「練習」のお陰だと考えています。ここがベースにありますから「手を抜く」という感覚や「頑張れない」という感覚がなかなか理解出来ない所がありました。今でも多少ありますが。
練習は嫌だが結果を出したい。そう思う選手もいるのは事実。顧問に指導されるから真面目にやる。服装に関しても同様。顧問が見ているから練習をする、服装をきちんとやる。チーム状態が良い時はそれが当たり前だった。しかし、少しずつ「崩れる」のです。スカート丈の注意をしなければいけなかったり、リボンを付けろと口うるさく言わなければいけない。「試合に出たいから仕方なく守る」という選手、「怒られるから仕方なく守る」という選手が存在する。この中で競技の指導に専念できるというのは不可能です。
先程の記事に「練習をサボる選手はいない」と書きました。そうであって欲しいと思っているだけだという気もします。そうでなければ指導する意味がないと感じてしまうからです。競技というのは授業中の態度や日常生活の取り組みが大きく影響してくる。そう考えている自分がいる。本当は違うのかも知れませんが「競技で成績を上げたかったら他の部分もきちんとやる」というスタンスでやっています。選手は息が詰まって窮屈かもしれませんが、それが指導スタイルです。
結局、私が話してきた内容が分からなかったら部活を引退してからあっという間に崩れます。崩れないとしてもやはり難しい部分がある。基本的ルールを守る、人に見られていなくても努力をするという感覚があるかないかだと。それを教えていく事が出来るか?出来なければ私のやっている事に本当に意味があるのか?こう考えて物事に取り組むとやはり持っているエネルギーは尽きる。数年前とはやはり違ってきていると思います。
私が求めている基本的な事がどこまで伝わるのか?伝わっていない状態が続けばやはり私が使うエネルギーをどこに向けるのか?というのが出てきます。今はどうなんでしょうか。二ヶ月前、正直者本当に指導をするのを辞めようと思いました。それほど考えさせる事があったのです。エネルギーは完全に枯渇して練習に行く意味があるのかどうかを真剣に悩みました。
秋のシーズン、こちらが思っていた以上の成績を残しました。来年本当に戦える力はあると思っています。しかし、ここだけで良いのか?根本的な部分の改善はされているのだろうか?誰のための練習で誰が求めているのか?私だけが本気になっていくというのでは意味はないと思います。競技力を上げる事だけを考えたらもっと良い方法があると思っています。選手のやりたい事だけをやらせてくれる指導者を探して指導をしてもらう。教育現場から離れた所で「競技力を上げる事だけ」をすれば良いのかもしれない。そうすれば「やらされている」「怒られるからきちんとやる」という気持ちは生じないでしょう。
強いチームでの指導。うちは元々ジョギングサークルのようなチームでした。それがかなりの労力とエネルギーを注いである程度のチームレベルまで上がってきました。しかし、今のままで良いのか?2ヶ月前から何か根本的な変化があったでしょうか。この事を私自身が考えなければいけないと思います。強ければ何をしても良いというチームにだけはしたくないと思って「強いチーム」を作りたいとずっとやってきました。今、競技力は高くなってきていると思います。しかし、そこに私の「想い」が付いて来ているのか?
真剣に競技をしたいと思っている選手の指導を本気でやってみたい。そういう想いが大きくなっています。数年前鳥取で流した涙と同じような想いをしたくないし、誰にもさせたくない。過去と比べるとどうしても良い部分だけが美化されて残っていきます。あの時の選手の涙は一生忘れられないと思っています。私の人生の中で大きな出来事でした。
こちらが選手の顔色を伺いながらやっていくような指導もしたくはない。ないモノねだりなんじゃないかという気もしています。これは環境を変えたり、指導スタイルを変えた所で変わらないのかもしれません。今のチームの指導を続けていても悩むことだし、指導をしなくても悩むことなのでしょう。
偉そうに聞こえるかも知れませんが、ある程度は短距離の指導ができるようになって来たと自負しています。単に走るだけの練習ではなく細かいことも指導できるようになってきている。だからこそ自分のチカラを試してみたいという気持ちが出てきています。本気で競技をしたいと望む選手と一緒に上を目指してみたい。この悩みを解決する方法があるのかを探していきたいと思います。
日常生活や物事に取り組む姿勢についての指導に時間をかける。すごく大切なことです。ここがなければ競技をやる意味を見出せない。しかし、選手が自分自身で余程の覚悟を決めていないと間違いなく周りに流される。見ていない所ではやらないという状態になる。そんな状態の中で指導にエネルギーを使う自信がなくなってきています。上を目指す意欲のある選手と一緒にやりたい。
何の話かわからなくなってきているのでこの辺りでやめておきます(笑)。私自身も覚悟を決めたいと思います。単に「競技力があるチーム」は目指したくない。誰からも応援されるようなチームで指導をしたい。ワガママなことでしょうか?真剣に考えています。今のうちのチーム、どこまで私の気持ちを感じてくれるでしょうか?難しいというのは分かっています。それでも覚悟を決めてもらいたい。お互いの覚悟のレベルの問題です。
長くなりました。すみません。読み飛ばしてください。
ここ最近、エネルギーが尽きかける事があると多々感じる事があります。色々な事をやらなければいけなくて、それでも練習に顔を出す。指導をするという部分があります。陸上だけに専念する事が出来ないのは当然です。なかなか思う事が多い。
「いかにして楽をするか?」を選手が考える。この事に関して「あんたには分からんだろうね」と何度か師匠に言われた事があります。私は基本的に「練習をするのが当たり前」と考えています。ほかの事よりも練習をするという感覚が強くあります。そうやって長い間競技をしてきました。それほど才能に恵まれていない私が全国大会を経験できるまでになったのは間違いなく「練習」のお陰だと考えています。ここがベースにありますから「手を抜く」という感覚や「頑張れない」という感覚がなかなか理解出来ない所がありました。今でも多少ありますが。
練習は嫌だが結果を出したい。そう思う選手もいるのは事実。顧問に指導されるから真面目にやる。服装に関しても同様。顧問が見ているから練習をする、服装をきちんとやる。チーム状態が良い時はそれが当たり前だった。しかし、少しずつ「崩れる」のです。スカート丈の注意をしなければいけなかったり、リボンを付けろと口うるさく言わなければいけない。「試合に出たいから仕方なく守る」という選手、「怒られるから仕方なく守る」という選手が存在する。この中で競技の指導に専念できるというのは不可能です。
先程の記事に「練習をサボる選手はいない」と書きました。そうであって欲しいと思っているだけだという気もします。そうでなければ指導する意味がないと感じてしまうからです。競技というのは授業中の態度や日常生活の取り組みが大きく影響してくる。そう考えている自分がいる。本当は違うのかも知れませんが「競技で成績を上げたかったら他の部分もきちんとやる」というスタンスでやっています。選手は息が詰まって窮屈かもしれませんが、それが指導スタイルです。
結局、私が話してきた内容が分からなかったら部活を引退してからあっという間に崩れます。崩れないとしてもやはり難しい部分がある。基本的ルールを守る、人に見られていなくても努力をするという感覚があるかないかだと。それを教えていく事が出来るか?出来なければ私のやっている事に本当に意味があるのか?こう考えて物事に取り組むとやはり持っているエネルギーは尽きる。数年前とはやはり違ってきていると思います。
私が求めている基本的な事がどこまで伝わるのか?伝わっていない状態が続けばやはり私が使うエネルギーをどこに向けるのか?というのが出てきます。今はどうなんでしょうか。二ヶ月前、正直者本当に指導をするのを辞めようと思いました。それほど考えさせる事があったのです。エネルギーは完全に枯渇して練習に行く意味があるのかどうかを真剣に悩みました。
秋のシーズン、こちらが思っていた以上の成績を残しました。来年本当に戦える力はあると思っています。しかし、ここだけで良いのか?根本的な部分の改善はされているのだろうか?誰のための練習で誰が求めているのか?私だけが本気になっていくというのでは意味はないと思います。競技力を上げる事だけを考えたらもっと良い方法があると思っています。選手のやりたい事だけをやらせてくれる指導者を探して指導をしてもらう。教育現場から離れた所で「競技力を上げる事だけ」をすれば良いのかもしれない。そうすれば「やらされている」「怒られるからきちんとやる」という気持ちは生じないでしょう。
強いチームでの指導。うちは元々ジョギングサークルのようなチームでした。それがかなりの労力とエネルギーを注いである程度のチームレベルまで上がってきました。しかし、今のままで良いのか?2ヶ月前から何か根本的な変化があったでしょうか。この事を私自身が考えなければいけないと思います。強ければ何をしても良いというチームにだけはしたくないと思って「強いチーム」を作りたいとずっとやってきました。今、競技力は高くなってきていると思います。しかし、そこに私の「想い」が付いて来ているのか?
真剣に競技をしたいと思っている選手の指導を本気でやってみたい。そういう想いが大きくなっています。数年前鳥取で流した涙と同じような想いをしたくないし、誰にもさせたくない。過去と比べるとどうしても良い部分だけが美化されて残っていきます。あの時の選手の涙は一生忘れられないと思っています。私の人生の中で大きな出来事でした。
こちらが選手の顔色を伺いながらやっていくような指導もしたくはない。ないモノねだりなんじゃないかという気もしています。これは環境を変えたり、指導スタイルを変えた所で変わらないのかもしれません。今のチームの指導を続けていても悩むことだし、指導をしなくても悩むことなのでしょう。
偉そうに聞こえるかも知れませんが、ある程度は短距離の指導ができるようになって来たと自負しています。単に走るだけの練習ではなく細かいことも指導できるようになってきている。だからこそ自分のチカラを試してみたいという気持ちが出てきています。本気で競技をしたいと望む選手と一緒に上を目指してみたい。この悩みを解決する方法があるのかを探していきたいと思います。
日常生活や物事に取り組む姿勢についての指導に時間をかける。すごく大切なことです。ここがなければ競技をやる意味を見出せない。しかし、選手が自分自身で余程の覚悟を決めていないと間違いなく周りに流される。見ていない所ではやらないという状態になる。そんな状態の中で指導にエネルギーを使う自信がなくなってきています。上を目指す意欲のある選手と一緒にやりたい。
何の話かわからなくなってきているのでこの辺りでやめておきます(笑)。私自身も覚悟を決めたいと思います。単に「競技力があるチーム」は目指したくない。誰からも応援されるようなチームで指導をしたい。ワガママなことでしょうか?真剣に考えています。今のうちのチーム、どこまで私の気持ちを感じてくれるでしょうか?難しいというのは分かっています。それでも覚悟を決めてもらいたい。お互いの覚悟のレベルの問題です。
長くなりました。すみません。読み飛ばしてください。