照る日曇る日第989回
「若菜上下」「柏木」「「横笛」「鈴虫」を収めた本巻では、朱雀院の委託を受けた源氏が、紫の上の悲嘆を無視して女三の宮を正妻に迎え入れる。
これは丸谷才一氏がつとに指摘しているように、ギャルへの色恋ではなく、彼女が父朱雀院から寄贈された巨大な財産目当ての結婚だった。当時はまだ母権制の時代だったから親の遺産を娘も継承したのである。
院政時代に帝よりも財産と裏権力とを掌握しているのは上皇だし、制約だらけの帝時代と違って自由な生活も満喫できるから、みな帝位を譲っておいしい院に早くなりたがった。
朱雀院がどれくらいの荘園、牧場、宝物を持ち、それを愛する三女に譲っていたかについては「柏木」と「鈴虫」に詳しく触れてある。
膨大な遺産と栄耀栄華に目がくらみ、いつのまにか周囲への目配りを怠っていた源氏は、新婚時代から紫の上への気兼ねもあってろくろく女三の宮を抱いていない。そこに柏木が付け込んで彼女を強姦してしまった。昔々源氏が桐壺帝にやったことを今度は目をかけていた若造(昔々の頭中将、元太政大臣の息子)にやられてしまったのである。天網恢恢、天罰覿面とはこのことか。
病勝ちで出家しようとする朱雀院が、あまたの候補者(その中には柏木も源氏の息子の夕霧も弟の蛍宮もいた)の中から、眼の中に入れても痛くないほど可愛がっている愛娘を託したのは源氏だったが、我らが主人公はその信頼と委託に応えられなかった。
源氏の怒りに直撃された柏木はあわれ窮死し、女三の宮はあろうことか妊娠して薫を産む。六条の御息所の源氏への怨念はとどまるところを知らず、紫の上を重体に陥れ、女三の宮を唐突に出家させる。そんな母親の怨霊を鎮めようとこれまた出家を願う秋好中宮を、源氏は懸命にとどめる。
しかしてまさしくこの時点から、源氏の栄光の輝きは無明の闇に向かって暗溶してゆくのであったあ。
ねうねうといとらうたげに鳴く猫を女三の宮の誘いと見做す柏木 蝶人