照る日曇る日 第1197回
2段組638頁の本巻には、「父あるいは天皇制」をテーマとした「父よ、あなたはどこへ行くのか?」、「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」「みずから我が涙をぬぐいたまう日」、「水死」を主軸に、60~70年頃に書かれた中短編「狩漁で暮したわれらの先祖」「生け贄男は必要か」「アトミック・エイジの守護神」「走れ、走りつづけよ」「月の男」「核時代の森の隠遁者」の10本の力作が収録されている。
やはりなんというても2009年に書かれた大長編たる「水死」が最高に読み応えがある。ここに収められたすべての小説が扇の根元である「水死」に還ってくるような印象を受けるくらいだ。
「水死」ではもちろん敗戦直後に謎の死を遂げた主人公の父親にまつわる詩と真実が中核となっているが、漱石の「こころ」の先生の死の謎、森と水の神話、国と郷、戦中と戦後、男と女、芸術と日常、健常と障害、政治と性などいくつもの主題が大河を流れゆく三椏の束のように点滅し、圧倒的なクライマクスと共にその奔流が永遠の一時停止状態に入る。
読者に向って投げられた問いかけは、小説の枠を飛び出してまるでナイフのように読者の胸にざくざくと突き刺さっている。私小説、死小説にして奇跡的な全体小説、これぞ大江文学の最高の到達点だろう。
蛇足ながら初読の際の感想をつけたしておきまする。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1419435341&owner_id=5501094
千円のシャツを買いきて思うこと こいつは俺より長生きをする 蝶人