照る日曇る日 第1199回
わが敬愛する歌人の17冊目の歌集が著者82歳の初春に上梓されました。満81歳の1年間に詠まれた作品の中から選ばれた409首です。
高橋が筒香(つつごう)をゴロに打ち取った三分間の大仕事よし
白鵬の体(からだ)意外に小さく見ゆ白鳳時代の終わり近きか
八十年休まずにピアノ弾いて来たフジコ・ヘミングは本物である
高齢にも関わらず活動的な著者は、国内外を精力的に歩き、羇旅の印象を軽快に歌うのみならず、政治、社会、歌壇、コンサート、スポーツ、絵画、芸能・芸術、ディズニーランドの興行などの人事百般を、「短歌」というフィルターを通して、作品に鋭く刻みつけるのです。
大きな雲大きな雲と言うけれど曇天を大きな雲とは言わぬ
人体は水の袋であるけれど健康体は水漏れしない
縄文の時代の土器は縄文が無くとも縄文土器と呼ばれる
氏の作風は、古今集を経て小沢蘆庵の系譜につながる独自の「ただごと歌」でしょう。しかし「ただごと歌」とは単なる只事歌ではなく、同時に非凡なる「気づきの歌」、只ならざる「発見と感動の歌」でもあることを見逃してはなりません。
どうだってよいこと長々報道すNHKの7時のニュース
一万歩越すや画面にヒト現われバンザイ、バンザイする万歩計
平成の三十年かけ、やっとこさ〈気付きの奥村短歌〉は成りぬ
「短歌は感動の器なり。最も些細な感動は〈気付き・発見・認識〉なり。〈ナルホドなあ〉と納得の世界なり。」と氏はつぶやきます。
そして奥村短歌を読めば読むほど、私たちは、その年齢を感じさせない旺盛な好奇心と行動力を心臓部で支えている“不滅の生命力の発露”に心打たれるのです。
「ただごと」の奥村短歌の勘所新たな「気づき」と感動の歌 蝶人