あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

広渡 勲著「マエストロ、ようこそ」を読んで

2021-04-04 12:56:05 | Weblog

照る日曇る日 第1559回&音楽千夜一夜第465回


日本舞台美術振興会(NBS)、東京バレエ団のプロデューサーとして60年近く海外の歌劇場やバレエ団、オケや指揮者の招聘や制作に従事してきた著者による回顧録ずら。

冒頭第1章の「晩年のクラーバーとの交流」から始まって、第2章「オーケストラの魔術師」、続くオペラと歌劇場のあれやこれやのとっておきの思い出話が続出し、最後に著者の自叙伝が出てくるという段取り(構成は上坂樹)だが、近来稀に見るその面白さに、時の経つのも忘れて読み耽ったことでした。

古今東西唯一無二の天才的指揮者カルロス・クライバー選手が、本邦にちょくちょく遊びにやってくるという噂を小耳に挟んだことがあるが、30年来の親友であり私設マネージャーでもあった本書の著者の導きによるものだとは、ちいとも知らなかった。

最愛の妻を亡くし、絶望の淵にあったクライバーは、2004年7月13日、まるで妻の後を追うように、はたまたおのれの人世に哀しい決着をつけるかのように、74歳で自死同然に他界しましたが、その「死出の道行」をば、これくらい具体的に辿った記述はどこにもないやろうな。なんせ歌手のグルベローヴァが、「マエストロ逝去の噂は本当か?」と著者に電話がかかってきたというのだから。

著者が親しかったのはクライバーだけではありません。バーンスタイン、レンネルト、ニルソン、グルベローヴァ、ベーム、ゲッツ・フリードリッヒ、ゼフィレッリ、マゼール、ムーティ、アバド、コロ、ティーレマン、シノーポリ、コンヴィチュニー、歌右衛門、玉三郎、ベジャール、バリシニコフ、ヌレエフ、ギエム等々、プロデューサーという仕事柄とはいえ、世界各国の名だたる芸術家たちとの華やかな交友歴は枚挙に暇がありませんが、メータとバレンボイムとの交友は、格別の長さと深さを刻み続けたようでちと羨ましいずら。

余談ながら、私が生涯で最も感動的なオペラ体験は、著者が1979年に手掛けた英国ロイヤルオペラ初来日公演。上野の文化会館で亡きコーリン・デイビスが振って亡きジョン・ヴィッカースが歌ったブリテンの「ピーター・グライムス」ですが、これを見物していた蜷川幸雄選手が、終演後目を真っ赤に泣きはらしていた、とは本書を読んで初めて知りました。あれは、それほど凄い天下の名演奏だったのです。

         門毎に春を告げゆく紋白蝶 蝶人
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