あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

宮澤清六著「兄のトランク」を読んで

2021-04-17 11:50:49 | Weblog

照る日曇る日 第1564回

この本の著者には私がリーマンだった頃に、一度だけお目にかかったことがある。
当時私はある会社の宣伝部に所属して、あるブランドの知名度や好意好感度を上げるキャンペーンに従事していたのだが、誰の許可も了解も取ることなく「銀河鉄道の夜」や「イーハトーヴ」という言葉や内容を用いた広告を作ってしまったのだ。
それは著作権の侵害というよりは、宮澤賢治という詩人への敬意と、賢治を愛し畏敬する人々の気持ちを逆なでするような広告マンの無知と横暴であったといえよう。
キャンペーンが始まってしばらくしてから、そのことを指摘する外部からの通報があり、紆余曲折を経て私は、上司たちに伴われて花巻の宮澤家を訪れ、痛苦の思いに苛まれながら頭を下げた、その謝罪の相手が外ならぬ清六氏であった。
温顔の氏は私に温顔を向けながら、「今のあなたは、この中の「貝の火」という童話をお読みになるといいと思いますよ」と優しく言葉を掛けながら、兄賢治の全集の中の署名入りの1冊を下さった。
それから私は「貝の火」を何度繰り返して読んだことだろう。主人公であるホモイは狐の甘言に乗って悪事をおかした私であり、その失敗に意気消沈して立ち上がれない私を、「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ。それが分ったお前はいちばんさいわいなのだ。」と慰めてくれる父は、すなわち、生涯で初めて会ったのに、慈父のように懐かしい宮澤清六氏なのであった。

  あめりかの属国の長が隷属の度合いを深めにあめりかに詣ず 蝶人
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