蝶人狂人綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第383回
○退職社員送別会/社長のあいさつ
山田さん、*1お礼をいう前にまず謝ります。
長い間、ほんとうに長い間社長である私はあまりにも過酷な仕事をあなたにおしつけていました。しかしあなたは一度もグチや文句をいうこともなくいつもニッコリ笑って重責をまっとうしてくれました。
ほんとうにありがとう。ほんとうにお疲れ様でした。
皆さんよくご存知のように、この業界は傍からは派手な業界に見えるけど、実に旧態依然とした封建的な世界です。義理や人情、地域社会のなわばりや目に見えないしがらみを跳ね返さなければ一日たりといえども営業し身銭を稼いでいけないのです。*2
山田さん、あなたは若干20歳でわがプロダクションに入った日から、あの悪名高き室山一平の宣伝マネージメントを担当しました。いや私の指図によって、させられました。そしてわずか3ヶ月の間に手のつけられないわがままでなまけ者の一平を魔術師のように手なずけてしまった。それは今から振り返っても不可思議な奇跡的とでも表すべき事件でした。*3
『紅暮れない』の大ヒットで一躍スターダムの頂上にたったものの、一転して喧嘩、麻薬、失踪、警察沙汰、興業中止が相次ぎ、マネージャーはものの1週間ももたずに辞表を出し、もはや世間からも見放されようとしていた室山一平を立ち直らせ、星の子プロのドル箱スターとして完全復活させたのは山田ハナコさん、あなたでした。*4
どうやってハナコは一平をよみがえらせたか。今日は最後の日ですから、もう喋ってもいいでしょう。
山田さんは荒れ狂う一平を彼女の自宅に連れてゆき、生まれたときから自力では動けず、食事も取れず、目も見えない脳障害でねたきりの妹さんに引き合わせ「私の妹の純子よ。こんな妹だけれど毎日楽しく一生懸命に生きています。そんな純子から私は生きる力をいっぱいもらっています。一平さん、あなたも大変だけどご自分を信じて一生懸命に生きてください」といったそうです。
それから一平は、皆さんがご存知の通り人間が変わりました。それ以来非常にいい仕事をしてくれています。そういう意味で会社の恩人である山田さんには末永くマネージャーの仕事をずっーと続けて欲しかったのですが、先日自分はどうしても家の仕事を継ぎたい。日本一の和菓子を作りたいという申し出がありました。
強く慰留したのですが、山田さんの辞意は思いの他固く、残念ながらとうとう退社されることになりました。*5
このうえはどうか山田さん、くれぐれも体を大事にして夢の実現に一路邁進してください。そして会心の和菓子が完成したらすぐ教えてください。一平といっしょに味見に行きますよ。本当に山田さん、ありがとうございました。
○アドバイス
*1型通りとはいえないが、真情あふれる退職者へのあいさつの一例である。
*2以下主賓の過去の職歴が感謝を込めて具体的に紹介される。
*3主賓の貢献をおおきくクローズアップし、管理者として最大の評価を惜しまないこの態度は送別会にふさわしい。
*4個人のプライバシーに係わる材料は、事前に当事者の了解が必要である。本スピーチにハイライト。
*5広げすぎた話端をうまく収拾し、気持の良いエンディングに持ってゆこう。

専門の歌人にあらざる皇族が歌会始で下手な歌詠む 蝶人