今日は娘の学校の文化祭。
私たちも夫婦で訪問した、学校にちゃんと溶け込んでいるか心配していたのだが、余計な心配だった。
とても楽しそうにしている娘の姿を見て、本当に落ち着くところに落ち着いたんだと思った。
学校が、その子にとって、合う合わないというのは難しい。
第一志望の学校といっても、浅はかな親であった私たちは、”偏差値の高い学校がよい学校”という基準しか持っていなかった。
おおきな間違いだったのは、そこで、文化祭に行ってみると、スポーツが有名だから進学した子、教育方針がいいので進学した子、立地がよいから進学した子、などさまざまな考えで進学してきている子がいる。
娘も、今は部活第一で頑張っていて、部の友達と連れ立って、心から楽しそうな笑顔で歩いていた。
翻って私の中高時代。
今度の同期会の世話人会で、私が中一のときに級長(議長)に立候補したと言う話をしたら、一人が「まあ、みんなそれぞれの学校の代表みたいな顔してきて入ってきてたやつばかりだったからな(無理もないよ)」と言っていた。そんな学校では、猛烈な勉強のストレスばかりがあって、私の人生の中では、実のところあまり楽しい
時代ではない(表面的には世話人代表などと言うものに祭り上げられるほどで、私のことを人望のあるやつ、と、持ち上げてくれる友人が多いのが、またまた気恥ずかしい)。私だけではなく、学年トップで入ったやつは、高3の頃には半分壊れかけちゃったし、偏差値の高い学校がすべからく、よい学校ではない。
中学受験をして、中学校を選ぶとき、最も大事なのは、偏差値ではないことは確かだ。へたに、偏差値の高い学校に合格でもしたら、大変だ。親も子も浮かれて、地に足のついた感覚、というものを自覚しないまま6年間突っ走ってしまって、親子の絆と言うものがおかしな方向に行ってしまう可能性もある。
これからいよいよ志望校を決める人も多いと思うが、偏差値の高い学校に行かせるのであれば、親子で6年間頑張り通す気概がないと難しい。親子で人生を楽しむというのも、人間として一つの選択肢かもしれない。
大学受験が心配な人にしても、この先、指定校推薦がどんどん増えて、学部を選ばなければ、どこかで聞いたことのあるような大学にはだいたい進学できるので、心配の必要はない。。