小田原人権侵害ジャンパー事件 背景に配慮欠けた保護行政
市役所職員が「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着用しながら生活保護受給者宅を訪問していた―。神奈川県小田原市の人権侵害ジャンパー事件が波紋を広げています。ことの本質は何か。背景は。現場を歩き、関係者の声を聞きました。
(内藤真己子)
職員欠員多い/専門研修もなし
保護行政と異質
「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」と背中に大書したジャンパーを着用しての家庭訪問は「本来の保護行政とは相いれない」と話すのは下村幸仁山梨県立大学教授です。20年間、広島市の生活保護ケースワーカーでした。
「訪問では近隣の住民に市職員と分からないように気遣い、受給者の人権やプライバシーを最大限に尊重するものです。今回の事件の背景には、職員に受給者への侮蔑的な考えがあったのではないか」と指摘します。
ジャンパー着用は、「本来、住民の人権と暮らしを守るべき立場の公務員が、集団で利用者を侮蔑し威嚇する行為です。市民や利用者の生存権を踏みにじるもので許されることではない」と話すのは、全国生活と健康を守る会連合会の安形義弘会長です。
厚生労働省の生活保護業務の指針とされる「生活保護手帳」では、職員に「要保護者の立場や心情を理解し、その良き相談相手であること」を求めています。安形氏は「今回の小田原市職員の行為はこれらにすべて抵触している」と批判します。
「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」のローマ字と、「不正に利益を得ようとする者はクズだ」などの英文が書かれたジャンパー
生存権守る立場で解明を
発端の傷害事件
同市生活支援課によるとジャンパー着用の発端は2007年、60代(当時)の男性が同課窓口で起こした傷害事件でした。ジャンパーは事件後、「職員の連帯感やモチベーション(意欲)を高めるため」(同課)作成されたといいます。
同課によると、当時市内のアパートで生活保護を受給していた男性は家主に賃貸契約の更新を断られていました。同課は無料低額宿泊施設を紹介しましたが男性は入所を断りました。その後、職員がアパートを1回訪問しましたが男性とは会えず、アパートの入居契約が切れたため同課は男性を「居住実態不明」と判断。保護を廃止にしました。アパートには男性の家財道具が残されていました。
翌月、保護費が金融機関の口座に振り込まれないことにいぶかった男性が同課を訪れ、傷害事件を起こしていました。
「暴力行為は絶対に認められない」としながらも同市の対応に異議を唱えるのは、東京都内の自治体の生活保護に関わる職場で働く田川英信さんです。「住所不定になったからと、様子も見ずにすぐに保護を廃止したのは疑問。利用者の立場に立って慎重で丁寧な対応が求められていたはずです」
同市では2012年、就労収入があり保護が停止された受給者が、市役所庁舎で自殺する事件も起きています。
ジャンパーのほかにも「SHAT」の文字入りポロシャツや半そでシャツを業務で着用していたことを明らかにする小田原市職員=2月9日、神奈川県小田原市役所
制度学べぬ体制
背景に何があるのか。
関係者が指摘するのは担当職員の欠員や多忙、研修不足です。
社会福祉法では担当世帯の標準数を市部は80世帯と定めます。同市は欠員が常態化し、1人で100世帯以上を担当。新人が先輩について実務を学ぶだけで、生活保護法を学ぶ研修を行っていませんでした。
今後同市の生活保護行政に求められるものは何か。大阪市の元生活保護ケースワーカー、中山直和さんは「社会福祉士なり専門職の配置とともに、欠員を解消し、憲法25条にもとついた生活保護法・制度を学べる職場体制が必要だ。それは同市だけでなく大阪市も含め、多くの自治体の課題だ」と話します。
全生連の安形会長は強調します。「市は有識者らの『検討会』で、保護行政を検証し改善策をまとめると決めたが、そこでは利用者の声も聞き、生存権を守る立場から徹底した解明を行ってほしい。そのうえで再発防止策をたて速やかに市民に明らかにするべきだ」。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月12日付掲載
最後のセーフティーネットとしての生活保護行政の重要性を学ばないままなら、単なる「業務」として、いかに効率的に、いかに予算を抑えて生活保護行政をする事になる。
そういう職員はかわいそうである。
市役所職員が「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着用しながら生活保護受給者宅を訪問していた―。神奈川県小田原市の人権侵害ジャンパー事件が波紋を広げています。ことの本質は何か。背景は。現場を歩き、関係者の声を聞きました。
(内藤真己子)
職員欠員多い/専門研修もなし
保護行政と異質
「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」と背中に大書したジャンパーを着用しての家庭訪問は「本来の保護行政とは相いれない」と話すのは下村幸仁山梨県立大学教授です。20年間、広島市の生活保護ケースワーカーでした。
「訪問では近隣の住民に市職員と分からないように気遣い、受給者の人権やプライバシーを最大限に尊重するものです。今回の事件の背景には、職員に受給者への侮蔑的な考えがあったのではないか」と指摘します。
ジャンパー着用は、「本来、住民の人権と暮らしを守るべき立場の公務員が、集団で利用者を侮蔑し威嚇する行為です。市民や利用者の生存権を踏みにじるもので許されることではない」と話すのは、全国生活と健康を守る会連合会の安形義弘会長です。
厚生労働省の生活保護業務の指針とされる「生活保護手帳」では、職員に「要保護者の立場や心情を理解し、その良き相談相手であること」を求めています。安形氏は「今回の小田原市職員の行為はこれらにすべて抵触している」と批判します。
「生活保護・悪撲滅・チーム」を意味する「SHAT」のローマ字と、「不正に利益を得ようとする者はクズだ」などの英文が書かれたジャンパー
生存権守る立場で解明を
発端の傷害事件
同市生活支援課によるとジャンパー着用の発端は2007年、60代(当時)の男性が同課窓口で起こした傷害事件でした。ジャンパーは事件後、「職員の連帯感やモチベーション(意欲)を高めるため」(同課)作成されたといいます。
同課によると、当時市内のアパートで生活保護を受給していた男性は家主に賃貸契約の更新を断られていました。同課は無料低額宿泊施設を紹介しましたが男性は入所を断りました。その後、職員がアパートを1回訪問しましたが男性とは会えず、アパートの入居契約が切れたため同課は男性を「居住実態不明」と判断。保護を廃止にしました。アパートには男性の家財道具が残されていました。
翌月、保護費が金融機関の口座に振り込まれないことにいぶかった男性が同課を訪れ、傷害事件を起こしていました。
「暴力行為は絶対に認められない」としながらも同市の対応に異議を唱えるのは、東京都内の自治体の生活保護に関わる職場で働く田川英信さんです。「住所不定になったからと、様子も見ずにすぐに保護を廃止したのは疑問。利用者の立場に立って慎重で丁寧な対応が求められていたはずです」
同市では2012年、就労収入があり保護が停止された受給者が、市役所庁舎で自殺する事件も起きています。
ジャンパーのほかにも「SHAT」の文字入りポロシャツや半そでシャツを業務で着用していたことを明らかにする小田原市職員=2月9日、神奈川県小田原市役所
制度学べぬ体制
背景に何があるのか。
関係者が指摘するのは担当職員の欠員や多忙、研修不足です。
社会福祉法では担当世帯の標準数を市部は80世帯と定めます。同市は欠員が常態化し、1人で100世帯以上を担当。新人が先輩について実務を学ぶだけで、生活保護法を学ぶ研修を行っていませんでした。
今後同市の生活保護行政に求められるものは何か。大阪市の元生活保護ケースワーカー、中山直和さんは「社会福祉士なり専門職の配置とともに、欠員を解消し、憲法25条にもとついた生活保護法・制度を学べる職場体制が必要だ。それは同市だけでなく大阪市も含め、多くの自治体の課題だ」と話します。
全生連の安形会長は強調します。「市は有識者らの『検討会』で、保護行政を検証し改善策をまとめると決めたが、そこでは利用者の声も聞き、生存権を守る立場から徹底した解明を行ってほしい。そのうえで再発防止策をたて速やかに市民に明らかにするべきだ」。
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年2月12日付掲載
最後のセーフティーネットとしての生活保護行政の重要性を学ばないままなら、単なる「業務」として、いかに効率的に、いかに予算を抑えて生活保護行政をする事になる。
そういう職員はかわいそうである。