尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

2014年2月の訃報

2014年03月02日 00時35分26秒 | 追悼
 2014年2月に亡くなった人の追悼特集。先月にも書いたけど、自分の備忘の意味が大きいので悪しからず。まだ伝わってない訃報もあるかもしれないけど、その場合は来月に書けばいいだろう。

 まど・みちお(2.28没、104歳)の訃報が最後に大きく伝えられた。本名石田道雄。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」の作詞家とあらゆるメディアに大きく出ている。それは知ってたけど、あらためて「ぞうさん」のような誰でも知ってる、ほとんど詠み人知らずの民謡みたいな歌を作った人が今も生きていたということに驚く。でも確かに北原白秋や野口雨情の詩に比べれば、現代風である。他の曲はないかと言えば、「一年生になったら」しか知らない。これは山本直純作曲で、先の二つは團伊玖磨である。山口県徳山の出身で徳山動物園に「ぞうさん」の碑があるという。100歳になった時に、ずいぶん取り上げられたけど、僕はあまり知らない。(ところで、徳山は大規模合併で今は周南市という。山口の合併は凄まじい規模で、大規模な市ばかりになっている。)
 
 直木賞作家で「利休にたずねよ」が映画化されたばかりの山本兼一(2.13没、57歳)が死去。先月、坂東眞砂子が55歳で亡くなったばかり。まだ若いというべき年だけど。「火天の城」という安土城を作った大工の小説で評判になった。受賞作の「利休にたずねよ」は構成にビックリし、利休に関してこういう風にも書けるのかと一読の価値ある小説である。

 アメリカの俳優フィリップ・シーモア・ホフマンとオーストリアの俳優マクシミリアン・シェルの訃報は別記事を書いた・マクシミリアン・シェルの訃報は出てない新聞もあったと思う。その後、シャーリー・テンプル(2.10没、85歳)の訃報が。この人は戦前のハリウッドで名子役で張湯名だった人で、訃報でも子役の写真が使われている。1935年に6歳で、アカデミー特別賞を受けたぐらい有名な子役だったのである。その後もなかなか興味深い人生を歩んだようだけど、1970年代以後は共和党政権下で外国の大使を務めてとても高く評価されたという。子役期、結婚(2回)期、外交官期と別れる人生らしい。ウィキペディアに詳細な記述があり、面白い。

 尺八奏者の人間国宝、山本那山(2.10没、76歳)は有名だし、多彩な活動をしたから名前を知ってるけど、何か書けるほど知らない。村岡実(1.2没。90歳)という尺八奏者の訃報も2月に載っていた。永六輔の「誰かとどこかで」で「遠くへ行きたい」を吹いていた人と言えば、僕も耳に思い出す。鈴木博之(2.3没、68歳)は日本を代表する建築史家だということで、近代建築の保存運動で大きな役割を果たしたと出ている。東京駅の赤レンガ駅舎復元とか。正直、名前を訃報で知った。そういう人は、歌人で講談社の編集者だった小高賢(こだか・けん 本名鷲尾賢也 2.11没、69歳)という人も同じ。

 スペインのギタリスト、パコ・デ・ルシア(2.26没、66歳)がメキシコで急死。TBSアナウンサーだった山本文郎(2.26没、79歳)、東大准教授で去年「モモクロの美学」を書いた安西信一(2.10没、53歳)、読響の常任指揮者を長く務めたゲルト・アルブレヒト(2.2没、78歳)、「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルになったトラップファミリーの侍女で、ただ一人の生存者だったマリア・フランツィスカ・トラップ(2.18没、99歳)などの訃報も伝えられた。
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