尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「神々のたそがれ」

2015年04月19日 21時44分05秒 |  〃  (新作外国映画)
 ロシアのアレクセイ・ゲルマン監督(1938~2013)の3時間近い(177分)遺作「神々のたそがれ」を見た。久しぶりに「とてつもない映画」を見たという気分に浸った。東京だと渋谷・ユーロスペースで24日までだから、もう見ないといけないと思ったわけだけど、今調べたら同じビルの2階「ユーロライブ」で続映すると告知されていた。でも、どうしてもすべての映画ファンが見るべきというわけでもないだろう。アートフィルムのマニアでも、これはちょっとと敬遠する人もいるかもしれない。でも、この映画の素晴らしいモノクロ撮影の驚くべき世界にはビックリすること請け合い。
 
 旧ソ連のSF作家、ストルガツキー兄弟というと、タルコフスキーの「ストーカー」の原作者だけど、その兄弟作「神様はつらい」の映画化だという。(この原作の邦訳は、ハヤカワから昔でていた世界SF全集に入ってる由。)ある惑星があり、そこは地球から歴史の発展が800年ほど遅れている。しかし、探検の結果、初期ルネサンスに近い文化があると認められ、地球から30人の学者が送られる。だが、期待された進歩は訪れず、その惑星は反動の時代を迎えて、大学は閉鎖され知識人は弾圧される。そのような非知性主義が吹き荒れる「中世」の社会の中で、地球人ドン・ルマータは神の子と見なされ…。

 と言った筋書きのようなものを書いていても、ほとんど意味はない。大体、見ていてもストーリイはよく判らない。800年前と言えば、つまり「地球歴1300年」頃であり、そういう「中世ロシア」に紛れ込んだという映画である。画面はひたすら泥まみれ、血まみれで、人間や動物の排泄する汚きもの、処刑された死体や動物の死骸などの死に満ちている。タルコフスキーの「ストーカー」も近寄りたくない世界を描いていたが、この映画はそれを上回るグロの氾濫で、見ていて確かに気持ち悪い。でも、世界を縦横に動き回るカメラとともに、冥界をめぐりゆく映画は、いっそ清々しいとさえ言いたいほどにぶっ飛んでいる。フェリーニの映画を「祝祭」と評するなら、この映画はその反対で、ふさわしい言葉が思いつかないが、一種の反「祝祭映画」になっている。(フェリーニの「サテリコン」をグロテスクにしたような。)

 中世という意味では、タルコフスキーの「アンドレイ・ルブリョフ」の世界の方が近いかもしれない。だから、SFという言葉にこだわる必要はないと思う。これは一種の歴史映画だと思うが、一方では「これこそが現代だ」「これこそが人間だ」とでも言いたいような迫力が画面にみなぎっている。アフリカで起きている様々の紛争、かつてのルワンダや近年のコンゴ、ダルフールなどの出来事は、実際この映画の「800年前の惑星」とほとんど同じではないか。映画はほとんど大弾圧、大虐殺の連続で、ストーリイもよく判らなくなってくるのだが、僕は不思議と長さを感じずに見入ってしまった。

 アレクセイ・ゲルマンという人は、1971年に作った「道中の点検」が検閲で公開禁止になり、ペレストロイカ時代にやっと公開された。その時代に日本でも公開されたけれど、あまり感心しなかった。その後「戦争のない20日間」「わが友、イワン・ラプシン」を作り、ソ連崩壊後は「フルスタリョフ、車を!」(1998)という作品を製作した。だけど、ずっと見逃してきたので、あまりよく知らない監督。これらの映画は、すべてスターリン時代を描いた作品であるが、遺作となった「神々のたそがれ」も一種の「スターリン体制」を描いているように思う。大学の卒業式で国旗・国歌をなどと政府高官が発言する時代、テレビが政治的批判に及び腰になる時代。そういう「一種の反知性主義」に侵された惑星に住んでいるわれらを「800年先の地球人」はどう評するのだろうか。
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追悼・愛川欣也

2015年04月19日 00時30分10秒 | 追悼
 愛川欣也が亡くなった。4月15日。享年80歳。3月初めまで、「出没!アド街ック天国」に出ていたから、驚いたと言えば驚いた。まあ、収録はもっと前なんだろうけど、毎回とは言わずとも結構見ていたにもかかわらず、健康に大きな問題があるようには感じ取れなかった。でも、今から考えると、「トラック野郎」シリーズの鈴木則文監督と菅原文太が昨年相次いで逝去したときから、何となくこういう日も近いのかと心の中で予感していたのではなかったか。

 愛川欣也と言えば、「司会者」であり、「俳優」であり、「声優」であるが、僕にとっては圧倒的に「深夜放送のパーソナリティ」だった。TBSラジオの「パック・イン・ミュージック」に愛川欣也が出ていたのは、今調べると、1971年4月~1975年9月に火曜深夜(水曜)、引き続いて1975年9月~1978年6月まで水曜深夜(木曜)のことだった。僕の高校から大学のころで、かなり聞いていたと思う。もっとも、一番よく聞いていたのは林美雄や野沢那智・白石冬美の回だったと思うが、他局(ニッポン放送の「オールナイト・ニッポン」や文化放送の「セイ!ヤング」)を聞く日もあるし、必ず聞いていたわけでもない。深夜放送というのは、あの当時「深夜の解放区」(©桝井論平)であって、僕はここで映画や音楽、そして社会の様々な問題を知った。愛川欣也を「キンキン」と呼ぶのも、この深夜のラジオからだった。名物は「カトリーヌ」のコーナーで、カトリーヌ・ドヌーヴがマルチェロ・マストロヤンニと付き合っていた時期で、カトリーヌからマルチェロへのラブレターというのをリスナーが書いてくるわけである。

 深夜放送の番組内でも、映画や演劇への思いを語っていたが、1975年に「トラック野郎」シリーズが始まった時は、ずいぶん番組でも語っていたような記憶がある。でも、僕は映画を見なかった。その前、1974年に「さよならモロッコ」という映画を自主制作して、番組内でずいぶん語って一般公開されたことがあるが、僕はそれも見ていない。それほどファンではなかったのである。でも、深夜の運転中に聞いてたトラック運転手が番組を聞いて、映画館にたくさん来てくれて、それで「トラック野郎」の情の篤さに感激し、それが「トラック野郎」につながると、ウィキペディアに出ている。そう言えば、そんな話を当時聞いていたかもしれない。

 愛川欣也は、俳優座養成所の3期生だった。この今はなき「俳優座養成所」という場所は、単に戦後新劇史だけではなく、戦後の精神史の上で極めて重要な場所だと思う。ここは1966年に桐朋学園芸術短期大学に引き継がれるまで、演劇を志す若者が多数集う場所になっていた。2期生から公募が始まり、2期生には小沢昭一、高橋昌也、菅原謙二ら、3期生に愛川欣也の他、安井昌二、穂積隆信、渡辺美佐子、楠侑子ら、4期生に仲代達矢、宇津井健、佐藤慶、佐藤允らを輩出している。これらの人々が、卒業後俳優座だけではなく、さまざまな劇団を結成したり(分裂したり)、映画やテレビに進出していくわけである。そんな中で、1970年代になっても、ラジオの深夜放送や外国映画のジャック・レモンやジーン・ケリーの吹き替えで知られるというのは、本当は不本意なことだったはずである。だが、それまでの経験が培った「語りの芸」が、人生の後半期になって、テレビの名司会者という形で花開いたのである。そして、日本中で誰もが知る人になった。でも、僕にすれば、落合恵子や久米宏などとともに、「深夜放送から出てきた人」という思いを抱いてきたわけである。

 愛川欣也は、近年になって「映画監督」を本格的に再開していた。2007年の「黄昏て初恋」から2015年完成の「満洲の紅い灯」まで7本も作っている。外部で公開せず、自分の映画を掛ける劇場を自分で作ってしまった。東京・中目黒にある「キンケロ・シアター」というのである。そういう話も聞いていたが、僕はここも行ったことがない。ちょっと後悔しているのは、昨年の夏、新文芸坐で「昭和の紅い灯」「黒駒勝蔵」の2本が上映され、愛川欣也のトークもやった日があり、行こうかとも思っていたんだけど、ちょっと疲れていたので行かなかったのである。最近になって、こんなに作っていたのは、好きなことをしたいというのもあるだろうが、やはり「平和への思い」からだろうと思う。

 朝日新聞の東京版に、墨田区が募集したはがきによる平和メッセージに、毎年メッセージを寄せていたという話が載っていた。「平和 大切なのは平和 忘れてはいけないのが平和(97年)」から、「何百回でも何千回でも平和が大切(09年)」となり、「平和ぼけと言われようとも、平和が大切と言い続けましょう。(13年)」となっていった言葉の歩みを見るだけでも、最近の状況が反映されている。東京新聞17日夕刊は、1面トップで訃報を伝え、その中の「評伝」で「戦争をしない。平和憲法を守るってテレビがどこもないから、おれがやってるんだ」という言葉を最初に書いている。インターネットテレビを愛川欣也が始めた目的の話である。今日たまたま産経新聞の見本紙が入っていたのだが、こっちに載ってる「評伝」は「愛された『おしゃべり』キンキン」と題されて、平和を語ってきた生き方を全く伝えていない。いかにも産経的だった。文化勲章や人間国宝には縁遠くても、戦争と平和を語ってきた小沢昭一や菅原文太、愛川欣也のような人の思いは忘れずにつないで行きたいと思う。
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